幼い頃とは違い、わたしはもう上忍で、カカシと同じ階級だ。
それでも追い付いたという実感はなくて、わたしはまだあの頃のまま、ただ彼を仰ぎ見ているだけ。そんな感覚に陥ってしまう。


* * * * *


顔見知りを集めて会おう。長期任務ばかりで里に滞在する時間が少なかったわたしに、カカシが提案してくれたのが数日前。それはわたしが予想したよりも素早く、あっさりと実現した。
主だって動いてくれたのは紅で、わたしと二人でお酒を飲んだその翌日から、知人に声を掛けて回ってくれていたらしい。
せっかくの休暇なんだからと、気を使ってくれた彼女に感謝の気持ちでいっぱいだ。

集まってくれたのは、紅は勿論、アスマにガイ、何度か同じ隊で任務を行ったことのある忍が数名。
最近特別上忍になったばかりだという女の子は初対面だったけれど、他のメンバーとは顔見知りらしく、明るい笑顔を見せている。
皆で集まろうと、そう声を掛けてくれたカカシ本人は未だ任務から帰還しておらず、この集いには不在だ。
この場に彼の姿が無いことに安堵しつつも、心の隅ではカカシがいないことが寂しいと、そんな風に思う自分がいる。
逃げてばかりだったわたしのこの心境の変化は、休暇を与えられたお陰で逃げ場を無くし、追い詰められた状態からもたらされたものだろうか。

「カカシは今日戻ってくる予定だから、この店に来るようにってシズネに伝言頼んでおいたわよ」

壁際の席でひとり物思いに耽っていたわたしに、紅が声を掛ける。

集いの会場になったのは、先日紅と二人で訪れたお馴染みの店。混み合うことのないこの店が、今日に限ってはいたく賑やかで。
ふと横に視線を移すと、ガイが手にしたビールジョッキを二杯三杯と浴びるように飲んでは、アスマや他の忍たちがそれを見て笑い声を上げている。
くだらないなぁ、なんて思いながらも、わたしの口許は自然と緩む。

「こういうのって、やっぱりいいわね」
「あなたは長期任務ばかりだったからね」
「うん」

カカシも、時にはこうして皆で集まって馬鹿騒ぎをしたり(カカシはきっと見ているだけだろうけど)、なんでもないことで笑ったりしながら、仲間がいることの有り難みや温かさを感じていたんだろうか。
わたしが里から離れていた十数年間、カカシがこういう場を沢山持って、少しでも寂しさや苦しみを和らげていたのだと思うと安堵する。
同時に、わたしがカカシの傍にいなかったことに、彼は寂しさをおぼえてくれたのだろうかと、そんな考えが頭を過った。

「エリさんはあまりお酒は飲まないんですか?」

眉間に皺を寄せて黙り込んだわたしと、そんなわたしを見て溜め息を吐いた紅。重たい雰囲気が漂い始めたこの空間に割って入って来たのは、特別上忍になったばかりだという女の子。
つい先ほど、はじめましてと簡単な挨拶を交わしただけのわたしに向けられた彼女の笑顔に、人懐っこさが窺える。

「お酒はわりと好きなんだけど、今日は回るのが早いみたい。あなたは?」
「私はアルコール弱くて。忍のくせして情けないですよね」
「まぁ、アルコールの耐久性は体質もあるから」

わたしがそう言葉を掛けると、彼女はにっこりと微笑んだ。
そして次に、彼女は紅に声を掛ける。

「……あの、紅さん……カカシ上忍っていつ頃いらっしゃるんでしょうか……?」
「さぁ……それはカカシの任務遂行状況によるんじゃない?」
「そうですよね……」

紅と言葉を交わしながらも、彼女の視線は時折店の入り口に向けられている。
ほんの少し頬を染めて、期待がたっぷり籠る、キラキラした瞳。

「……カカシのこと、好きなのね」

言葉になんの感情も籠らないように細心の注意を払いながら、微笑を浮かべる。すると彼女は僅かに迷いを見せながらも、しっかりと頷いた。

「あっ!でもカカシ上忍とは何回か任務をご一緒させてもらったくらいで、純然たる片想いなんですけど!」
「……」
「でも、凄く憧れてるんです」

ちょっと恥ずかしそうに笑いながら、なんの曇りもない真っ直ぐな瞳で、彼女は話す。
そんな彼女を見ていると、自分の中に黒くてもやもやした感情が首をもたげるのを感じて、視線を逸らした。

羨ましかった。何を臆することなく自分の気持ちを素直に言葉に出来る彼女が。
悔しかった。里を離れてカカシとの距離を開いた間に、彼女はわたしが見ることの叶わなかった彼を見て、彼の見たものを、同じ様に共有している。

「エリさん、カカシ上忍とは親しいんですか?」
「……カカシとは、幼馴染みなの」
「そうなんですか……カカシ上忍に幼馴染みがいるなんて知らなかったです」

幼馴染みなんて、ただの言葉だ。間柄を表現するのに使ったこの言葉は、きっとわたしとカカシの間には当てはまらない。
幼馴染みという言葉を聞いた彼女が想像したであろう特別なものは何もない。寧ろ、かけ離れている。
そんな事実を隠して『幼馴染みだ』とそう表現したのは、わたしとカカシの関係が、彼女の入り込む余地のない特別なものなのだと、知らしめたい気持ちに屈してしまったからで。
少し気落ちした彼女の顔を見て、一時の感情の波に左右されて余計なことを口走るなんて忍失格だと、どうしようもない後悔の念に襲われる。

深く沈んでいくわたしの内面とは裏腹に、少し離れた席ではワッと賑やかな声があがる。
視線を投げれば、そこには顔を真っ赤にして酔い潰れたガイが、椅子2つを占領して横たわっていた。

「ちょっと大丈夫?ガイ」

意識朦朧としたガイに声を掛けた。わたしの言葉に答えないガイの代わりに、「大丈夫じゃねぇだろうな」と返したのはアスマだった。くわえていた煙草を灰皿に押し付ける。
残っていた煙を全て吐き出して、アスマはガイの右腕を自分の肩に回し上体を起こさせる。そのままずるずるとガイの体を引きずって歩いていくアスマの背中を見て、「しょうがないわね」と漏らしたのは紅だ。紅はサッと立ち上がると、アスマが抱えるガイの左腕をその肩に回し、店の出口に向かって歩き始めた。

「エリ、お先に」
「またな」

アスマと紅はそう言い残して、店の向こう側、大通りへと姿を消した。
アスマと紅、そしてガイが去ったのを皮切りに、店内に残っていた数人が「明日も任務があるし、そろそろ」と口々にし、帰り支度を始める。
一時はあれだけ賑やかだった店内は、今やいつもの落ち着きを取り戻していた。
次々帰宅の途に着く仲間たち。
ふと気が付くと、店に残ったのわたしと、カカシを好きだという女の子の二人だけだった。

「みんな帰ったし、お開きにしましょうか」
「はい……でも……」

彼女がチラリと視線を向けた先はわかってる。店の入り口だ。彼女はきっと、カカシが姿を現すのではないかと期待しているのだ。
彼女がカカシを待ちたい気持ちは理解できる。けれど、カカシと、カカシを好きな彼女とわたし。こんな組合せで楽しく過ごせるだろうか。
そんなの、考えるまでもない。

「悪いんだけど――」

わたしは帰らせてもらうわ。そう口にする前に、彼女の表情がぱっと華やぐ。

「カカシ上忍お疲れ様です!」
「んー、お疲れ様」

わたしたちの座るテーブルまで近付いて、カカシは労いの言葉を受けて笑顔をみせる。
カカシの顔を見て頬を紅潮させる女の子。そんな彼女とは対照的に、顔中の筋肉が強張るわたし。

「随分人数が少ないけど……皆もう帰ったの?」
「ええ……ガイが酔い潰れちゃってアスマと紅が引っ張ってったわ。時間も遅いし明日任務があるメンバーもさっき帰ったところよ」
「そう」
「わたしも帰るところだったの。カカシは来たばっかりだし、せっかくだからなにか食べていったら?」

わたしがそう口にした瞬間、頬を染めていた彼女のその赤みが、一層濃くなる。
一方でわたしの顔の筋肉は益々強張る。今や眉間に皺が寄っているかもしれない。カカシが誰とどんな風に過ごそうが、わたしには不機嫌になる権利なんかないのに。
こんな顔をカカシに見られるのが嫌で、俯いたまま席を立つ。

「それじゃあ、わたしはここで」

目を合わせない様にしていたのに、顔の皮膚にカカシの視線を感じる。

「オレも帰るよ」
「えっ……でもカカシ上忍せっかくいらしたのに……」
「任務の後だしねぇ……ま、また次の機会ってことで」

二人の間で交わされる会話を聞きながら、ちらとカカシの顔を窺う。
視線が重なったその瞬間、カカシが見せた微笑みの意味が解らなくて、わたしはただ戸惑うばかりだ。


「……カカシ、ほんとによかったの?」

店先で特別上忍の女の子と別れて、わたしとカカシは暗い夜道を歩いている。

「なにが?」
「別にわたしに気を遣わなくても……。あの子と二人で飲んでいけば良かったのに」

そんな状況ちっとも望んでなんかないくせに。子供じみた独占欲は、今こうしてカカシと二人でいることに満足感を覚えている。
だけど、また別のところにある理性が問い掛ける。わたしなんかに、カカシの時間を奪う権利があるのか、と。

「気を使ったわけじゃないよ。オレがそうしたいって思ったからそうしただけ」

カカシの低い声が夜の闇の中に優しく響いた。その声が空気に溶けてしまってからも、わたしの耳に残っている。

「……やっぱり忍失格ね、わたし」
「どうしたのよ、急に」

カカシは立ち止まって、わたしの顔を覗く。

「……わたしは、いつだって自分の感情に左右されてばかり」
「……」

ついさっきだって、カカシを好きだという女の子に、『わたしは幼馴染みという特別な存在』だと無駄な誇示をしてみたり。かと思えば、今はカカシの言葉に浮かれている。
カカシは今や他里にもその名を轟かせる優秀な忍で、わたしはと言えば昔と何も変わらない、臆病者だ。
まるでわたしだけが、十数年前に取り残されてしまったような孤独感。

「……エリ」
「……うん」
「自分の感情に流されてばっかり、なんてことないでしょ。お前は自分以外の――仲間の感情を優先して考えることが出来る」
「……」
「昔から、エリはそういう仲間思いの忍だよ」

カカシの瞳に映るわたしは、一体どんな風に見えているのだろう。
積もり積もった不安が、優しい風にさらわれていく感覚。

「……カカシ」
「んー?」
「……ありがとう」

励ましてくれたことが嬉しい。それ以上に、二人が共有した時間を忘れないでいてくれたことが嬉しい。
自然と綻ぶ口元。
「どういたしまして」と言いながら優しく笑うカカシの顔を見たら、より一層嬉しくなってしまうのは、仕方のないことなんだ。