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「じゃあ今度は僕が鬼。十数えたらみんなを捕まえにいくからね」 男がそう言うと、周りにいる子供たちは「はーい」と元気に返事をすると同時に、散り散りに駆け出した。 寺の敷地内を元気に駆ける子供たちの小さな背中を見て、男は口端を持ち上げる。 「ひー、ふー、みー……」 男は瞼を閉じ、子供たちに聞える様明るい声で数え始める。 「――ここのつ、とお」 十数え終えた所で目を開く。 天から降り注ぐ太陽の光が彼の瞳を刺激した。 目が慣れて来たところで辺りを見回せば、子供たちが笑い声を上げながら駆け回っている。 「さぁて、誰から捕まえにいこうかな」 そう言った彼の視線の先に、一人の女が目に入った。女は、彼のいる位置から少し離れた寺の門前で立ち止まり、じっとこちらを見つめている。 男は静かに佇む女の顔を見た。女と視線がぶつかり、彼女は慌てて彼から目を逸らした。 「君も一緒に遊ぶ?」 男は女にそう声を掛けた。 けれど女は何を言うでもなく、俯いたままその場を小走りで去って行く。 小さくなっていく女の後ろ姿を見ていた男に、「兄ちゃーん」と、子供たちから声が掛かった。 鬼ごっこで鬼が追い掛けてこないなどありえないとばかりに、子供たちは不満そうな顔つきで彼を見ている。 「ごめんごめん」 男は子供たちに笑い掛け、駆け出した。 *** そういえば、自分は鬼ごっこという遊びをしたことがない。 いや、鬼ごっこに限らず、普通の子供たちが夢中になるような遊びをしたことが一切ない。 女は鏡に映った自分の姿を見つめながら、そんなことを考えていた。 「唄月天神、よろしおすか」 呼ばれて、女は視線を鏡から後方へと移す。そこには彼女の名を呼んだ年端もいかぬ少女が膝を着けていた。 「もうそろそろ出なさいて、おかあさんが」 少女はおずおずとそう口にした。 唄月と呼ばれた女は、少女のその姿に急にいたたまれなさを感じて、優しい笑顔を作った。 「今行きますよって。先に下りといとくりゃす」 唄月が言うと、少女はにっこりと頬笑んで見せた。その唇には紅がひかれている。 その場を辞した少女が部屋から遠ざかっていく足音を聞きながら、あの少女も自分と同じ様に子供らしい遊びなどしたこともないのだろうと、そう思った。 いや、あの少女や自分だけではない。 この島原で生きる女たちは皆、幼い頃から芸事にのみ励むのだ。いつの日にか、宵闇に咲く立派な華になることを夢みながら。 そんな自分の人生を悔いたこと、悲しんだことは一度だってない。自分には、生きる道がこれしかなかったのだから。 けれども少しだけ過去を憂いてしまうのは、きっと昼間の出来事の所為だと、唄月は思う。 昼間、おかあさんに頼まれた使いに出た帰り道、ある寺の前を通った。 寺の前で足を止めてしまったのは、子供たちの姿があまりに楽しそうだったから……というだけではない。 楽しそうに笑う子供たちの中に、男が一人紛れていたからだ。 寺の境内を駆け回る子供たちと、楽しそうな男の姿をぼんやりと見ていた。 やがて男は唄月の存在に気付き、視線を合わせる。 子供たちと遊んでいるところを何をするでもなく見つめていただなんて、なんだか急に恥ずかしくなり、慌てて視線を外した。 けれど男は唄月を無視するでもなく、問い掛けたのだ。 「君も一緒に遊ぶ?」 男は何故あんな問をしたのだろうか。そう思いながら、唄月は再び自分の姿を鏡に映した。 確かに座敷に出る時の様な化粧をせず素顔のままでいたとは言え、子供らに交ざって鬼ごっこをするような歳には見えぬだろう。 まさかあの男の目には、自分の姿が子供の様に見えるのだろうか。 「……不思議なひと」 昼間見たばかりだというのにもう良く思い出せない男の事を浮かべ、ひとり呟く。 もう行かなくては。自分を待ってる者が居る。 唄月は自身にそう言い聞かせ、ゆっくり立ち上がった。 |