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「どないな名になろうと、わてはわてのやらなあかん事をやるだけどす」 そう言った唄月の瞳に浮かぶ確固たる信念を、沖田は見逃さなかった。 それは彼の周りにいる男たちが、そして彼自身がその瞳に浮かべるものと同じだったが、沖田にはそれがわからない。 ただ芸妓というだけで、そこらにいる娘らとなんの違いもない唄月の瞳に何故信念が映るのか、沖田は興味を持った。 だが沖田は、興味を引いた唄月の顔をニコニコと見るだけで、当の本人は沖田の内心など知る由もない。 夕暮れ迫る寺の境内は、ゆっくりと、確実に辺りを紅く染めていく。 唄月には芸妓としての勤めがある。そろそろ菊乃屋へ戻り今宵の支度を整えなければならない。 しかし唄月は沖田に聞いておきたい事があったのだ。それが聞きたくて、この寺に足を運んだのだから。 唄月は改めて沖田に向き直った。 「総司!!」 唄月が口を開きかけたその瞬間、寺の境内に低い声が響き渡る。 背後から聞こえた声に誘われ振り向けば、そこには漆黒の髪を高く結い上げ、沖田と同じ浅葱色の羽織を纏った男が佇んでいた。 男に名を呼ばれた沖田本人を見やれば、彼は「やれやれ、うるさい人が来た」と、苦笑いを洩らした。 「総司、てめぇ巡察から戻ってこねえと思ったらこんなとこで油売りやがって……」 つかつかと近づいて来た男は、唄月になど目もくれず言う。 「土方さんこそこんな所にいていいんですか?会津の人と会う予定って言ってましたよね」 土方と呼ばれた男は、その整った顔を苦そうに歪めた。 「俺はこれから行くんだよ。てめえも早く屯所戻って巡察の報告してこい」 土方の言葉に、沖田は渋々「はぁい」と、気だるげな返事をした。そんな沖田に呆れた様な溜息を溢して、踵を返す土方。 土方は振り向くその一瞬、唄月の顔を見やった。 たった一瞬視線が合っただけのふたりだったが、唄月は土方の深い瞳の奥に、何か底知れないものを感じていた。 「そろそろ戻らなきゃいけないみたい」 小さくなっていく土方の背中をぼんやりと見ていた唄月は、沖田の声で我に返る。 「じゃあね」 沖田は唄月に声を掛けた。 唄月は沖田の背中を、慌てて呼び止める。 「――!沖田はん!」 名を呼ばれた沖田は、足を止めて振り返り、唄月の顔を見る。 「なあに?」 「……わて、沖田はんに聞きたいことがあるんどす」 そう、唄月には聞きたい事があった。しかし、沖田に問いたいと思っていた言葉は口から上手く出てこない。 自分自身でそれをもどかしく思う唄月と、唄月からの言葉をただ待ち続ける沖田。 沖田にそのつもりがなくとも、唄月にとってそれは無言の圧力となる。 「……沖田はん」 「うん」 「沖田はんら……芹沢はんらを暗殺したってほんま……?」 唄月がそう口にした瞬間、沖田の顔からそれまでの笑みが消え失せた。 「それ、誰から聞いたの?」 沖田の声は穏やかだったが、唄月を見るその瞳は油断なく彼女を捕らえていた。 沖田の瞳に、唄月はやはり聞いてはならぬ事だったのだと悟る。 芹沢鴨の死因は、表向き長州の人間の仕業だとされていたのだ。 「……会津の人からどす」 壬生浪士組の人間が、同じ壬生浪士組の仲間を暗殺した。 勿論この話を会津の人間から直接聞いたのは唄月ではなく、桜田太夫だった。しかし唄月は、桜田の名前を出してしまうのは得策ではないと判断した。 「島原には色んな話が集まるって本当なんだね」 沖田は少し呆れた様な笑いを洩らした。 その呆れは唄月に対してなのか、それとも‘暗殺’などと言っておきながら軽々しく口外した会津藩士に対するものなのか。 「沖田はん……芹沢鴨とその場におっただけの女子を斬ったんどすか?」 唄月は高鳴る自分の心臓の音を沖田に悟られぬ様、真っすぐ彼の瞳を見た。 「それを知って君はどうするの?」 「どうもしやしまへん。……ただ知りたいだけどす」 唄月は知りたかった。 人の生き死にを。人の命を奪うという重みを。 生きることに貪欲である唄月だからこそ、生の対極にある死に敏感であったのかもしれない。 沖田はそんな彼女を値踏みする様に眺め、やがて口を開いた。 「そうだよ。僕らが芹沢さんたちを暗殺したんだ。僕も暗殺には参加してた」 「……女子も、斬り殺しはったん?たまたま居合わせたゆうだけで……?」 「そうするしかなかったからね」 沖田は事も無げにそう言った。 人を殺すという事に罪の意識も後悔の念もまるで持ち合わせていないといったその口ぶりが、唄月には恐ろしかった。 「君もこのことを無用に他言するなら、僕は君を殺すよ」 沖田の瞳が真っすぐ唄月を見据える。口元は微笑みを称えていたが、唄月は背筋がゾクリとした。 この男はきっと、躊躇いなく自分を殺す。 唄月は瞬時にそれを悟った。 芹沢も、芹沢の女も、この男は躊躇いなく斬り殺したのだ。 芹沢や芹沢の女がどんな人間だったのか、唄月は知らない。だが彼らとて生きていたのだ。 沖田たちに殺されるまでは、自分と同じ様に生きていた。 人の命を奪うということは、そんなに生易しいものなのか。 唄月の疑問は、誰に投げ掛けられることもなく、彼女はただ小さくなっていく沖田の背中を見つめることしか出来なかった。 |