アカデミーに入学して数ヵ月経った頃から、わたしは周りの子たちから「羨ましい」と、そう言われる様になった。
始めの頃はわたしなんかの一体何が羨ましいのかと疑問に思ってばかりだった。
けれど数ヵ月経ち、数年経ち、大人になった今となっては一々「何が?」などと聞き返す事はなくなった。
周りの人がわたしを羨ましがるその理由。
それは、わたしがはたけカカシの幼なじみだからだ。




はたけカカシ。わたしにとって幼なじみであり、そして、憧れの存在。
家が近所で同い年。ただそれだけの繋がりだったけれど、わたしとカカシは物心つく前からいつも一緒だった。
とはいえ、わたしとエリートであるカカシの忍としての差は大きく、わたしは彼の背中を追い掛けるばかりで。
けれどカカシはいつだって振り返り、のんびり歩くわたしを待っていてくれた。
幼いわたしは、そんなカカシが大好きだった。
アカデミーに入学してからもその気持ちに変化はなくて、いつもわたしよりも数歩先を歩いていく彼の背中ばかりを懸命に追っていた。
忍として、速いスピードで駆け抜け生きているカカシは、幼い頃からわたしにとってヒーローで。
カカシと釣り合う様になりたいと、そればかり考えて、忍としても女としても、懸命に努力し続けた。

歳を重ね、わたしとカカシは‘幼なじみ’から、互いを想い合える関係になった。
カカシと新しい関係になったばかりの頃は、嬉しくて、気恥ずかしくて、心と体がムズムズしてばかりだった。
時折、わたしみたいな女がカカシの様な優秀な忍と釣り合う訳がないと、卑屈になったり劣等感に襲われたりもしたけれど、カカシがわたしに向けてくれる優しい笑顔に救われた。

時が経ち、わたしたちは大人になった。
わたしとカカシの関係に変化はなくて、互いを想い合う事を許された間柄は続いている。
大人になり、自己確立に成功したわたしは、若い頃とは違い、「わたしなんかがカカシみたいなエリート忍者の恋人なんて」と卑屈になることも、劣等感に苛まれることもなくなっていた。



「気が付いた?」

ふっと目を開くと、わたしの視界いっぱいに広がる銀色の髪と、片方だけの瞳。
耳に届く低めな声はいつもと同じ様に心地が良いけれど、脳の活動が鈍っているのか、言葉そのものの意味がよく理解出来ない。
ぼんやりと活動する脳が、今現在の状況を把握せよと命令を下し、わたしの目はぐるりと動く。
さほど広くも狭くもない部屋。壁も天井も白い。鼻につくのはツンとする薬品独特の匂いで。
忍になってからというもの、もう何度もお世話になった場所。
今わたしがいるのは病院で、病室のベッドに横たわっているのだ。

「ここ病院。何があったか覚えてる?」

わたしが横たわるベッドのすぐ側に腰を下ろしたカカシが、少し身を乗り出して問う。
カカシの顔を見ようと首を少し捻ろうとして、わたしの頭はズキリと痛む。

「あぁ……そっか、わたし……」

口の中だけで響くように呟いた言葉。

確かわたしはカカシ班と一緒の任務に就いた。
Aランクの任務で、カカシ、ナルトくん、サクラちゃんの三人だけでは危険かもしれないと、急遽駆り出されたのだ。
そして任務の最中敵方と戦闘になった。敵の数は多く、圧倒的に不利な状況だった。
仲間の援護に入る余裕なんてなくて、向かってくる敵を倒すことで精一杯。随分長い戦闘の末、わたしは相当量のチャクラを消費し、体に力が入らない。
そこを敵につかれ、集中力の切れていたわたしは、死角から飛んでくる敵のクナイに気付かなかった。
「なまえ!!」と、わたしを呼ぶカカシの声が聞こえた時に初めて敵の放ったクナイに気付いた。
けれど時すでに遅し。放たれたクナイを避けることは体力を無くしたわたしには到底無理な話で、攻撃に備えて目を瞑るくらいしか出来ずにいた。
そんなわたしを救ったのは、わたしの名を呼び危険を報せてくれたカカシ・・・ではなく、瞬時に身体を反応させ、体当たりで庇ってくれたナルトくんだった。
ナルトくんの肩がわたしの身体に当たり、間一髪クナイは服を掠めるだけに至った。
わたしはナルトくんが庇ってくれたその拍子に、踏ん張りが効かず勢いまかせにぐらりと揺らぎ、すぐ側にあった樹の幹に頭をぶつけた。
そこから先の記憶は、無い。
体力を消耗しきったわたしは、頭をぶつけたその衝撃で意識を飛ばしてしまったのだろう。

「……!カカシ、ナルトくんは……!?」
「あいつならだいじょーぶ。九尾の力で怪我の治りも早いしね」
「……ならよかった。サクラちゃんも無事?」
「あぁ、今はナルトを看てるよ」

情けなくも任務の最中に気を失ってしまったわたしは、この病室に姿の無い仲間の安否を案じた。
ナルトくんはわたしを庇ってくれたのでなおのこと、敵に隙を与える形となってしまったのではと心配したけれど、カカシが笑って『大丈夫』と言ったから、安心だ。

「カカシは?大丈夫だったの?」
「んー……オレは平気だったんだけどね……」
「……?」

気にかかる物言いをするカカシの顔を覗き込むと、彼はまるでばつが悪そうに、ふいと目を逸らした。

「いやー……悪かったよ。お前を助けられなくて」

カカシはそう言って、わたしの頭を優しく撫でた。
カカシの表情は何故だか少し寂しそうで、悲しそうで。

「頭ぶつけたくらい平気よ。それに、ナルトくんが助けてくれたから大怪我は避けられたんだし」

後でナルトくんにお礼言わなきゃね。わたしがそう続けてもカカシはどこか上の空で、「うん」という返しも生返事だった。
カカシの様子がどこか変だと思いながら彼を見やれば、その視線は病室の窓の向こう側にある真っ青な空に向けられている。
カカシに倣い同じ様に空を見れば、白い雲が風に流されてゆっくりと動いていた。

「……時間も流れてるんだよな」
「え?」

不意に呟かれた言葉の真意を探ろうとカカシの顔を見たけれど、彼の視線は未だ空に注がれていた。

「オレも歳取るはずだよね」
「なに?突然」
「いやさ、動かなかったんだよね。身体が」
「……?」

カカシはようやくわたしに顔を向けた。
けれどその目はやっぱりどこか切なそうで。

「なまえに向けられたクナイに最初に気付いたのはオレだったのに、そこから一歩も動けなかった」
「……」
「オレが助けたかったんだよ」

まさかナルトに先越されるとはなぁ。アイツも成長したよね、アハハ。カカシはそう言って笑った。

「どんな時でもなまえを助けられるのはオレだけだと思ってたんだけどね」
「……」
「それでも若い奴らは成長するし、オレは衰えてくのかなぁ、なーんてね」

笑ってそう語るカカシの内心は、きっとナルトくんやサクラちゃんの成長を嬉しく思いながらも、自分の不甲斐なさを責めているのだろうと、そう思った。

ねぇ、そんなことないよ、カカシ。
あなたはまだ幼い頃から、わたしにとって憧れだった。
それは今でも変わらない。


「……カカシが衰えるなら、わたしも一緒に衰えるよ」
「え?」
「時間は誰にだって平等なんだから。カカシがヨボヨボのおじいちゃんになる頃、わたしだっておばあちゃんだし」
「ま・・・そうだよね」
「一緒に衰えてこうよ。ふたりそろって衰えちゃえば、カカシが衰えたことなんて気付かないよ、きっと」

幼い頃から優秀で、いつだって誰よりも前を歩んでいたカカシ。わたしはそんな彼の背中を憧れの眼差しで見つめていた。
カカシの存在はわたしにとってスペシャルだった。それはいつだって変わらない。
例えカカシが歳を取って、忍として生きていく事が困難になったとしても、それでもわたしにとってカカシはスペシャルなの。

「どんなにヨボヨボになっても、わたしはカカシが好きだからね?」
「……なまえ、お前熱あるでしょ」

久しぶりに面と向かって『好き』だなんて言葉を口にしてみれば、カカシからはなんとも失礼な返しがやってくる。
それでも彼の耳がほんのり赤いことには気付かずにはいられなくて、それが可笑しくて、クスクス笑いを漏らしたら、照れ隠しなのが見え見えなカカシの大きな手がわたしの頭を撫でた。

願わくば、あなたもわたしと同じ気持ちでありますように。
どんなに歳を重ねても、いつも一緒にいられる様に。
だってわたしは、きっとこれから先も、ずっとずっと、いつだってあなたに恋をする。