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手に入らないものほど欲しくなるのは、人間の性なのか。それともただ単に、わたしが子供なだけなんだろうか。
カカシ先生が好き。
この気持ちに嘘偽りはなくて、自分の中に閉じ込めておくことが出来なくなって、カカシ先生に打ち明けた。
先生は何も答えてはくれなくて、いつもみたいに少し困った様に眉を下げて笑うだけだった。
わたしは凄く真剣だ。
今まで何度か恋心を抱いたこともあったけれど、こんなにも胸を締め付けられることは、今までのどの恋にもなかった。
だからカカシ先生にこの気持ちを伝えたくて、真っ直ぐに先生を見つめて打ち明けた。
先生はわたしの気持ちなんてさらりとかわし、けれどわたしが傷つかない様にと優しく笑う。
わかってる。
カカシ先生からみればわたしはただの教え子で、恋愛対象にすらならない子供だって。
けど、どうしても手に入れたい。
こんなにも誰かを求めたこと、今まで一度だってなかったの。
「ねぇ、カカシ先生」
任務を終えた帰り道。帰宅の方向が同じカカシ先生の一歩後ろを歩く。夕暮れの迫る細い裏路地で他に人通りがないせいか、小さな声でも先生に届いた。
なんだかカカシ先生とわたしが親密な関係みたいで、嬉しい。
「なーに?」
「うん、あのね……カカシ先生って、今まで何人と付き合ったの?」
「え?」
お前そんなこと聞いてどーするのよ。カカシ先生が困った顔でそう言った。
わたしだって、カカシ先生にそんな事聞いてどうするのかわからない。
でも、普段から自分のことを話してくれない先生の過去を覗きたいと思った。知ってしまったが最後、きっと凄く嫉妬に駆られてしまうんだろうけど。
「ねぇ、何人?」
「さあねー。何人だったかなぁ」
「……数えきれないくらいってこと?」
「残念だけどオレはそんなにモテたりしなーいよ」
カカシ先生はそう言って笑う。
酷いなぁ。わたしがカカシ先生のこと好きだって知っててそんな台詞を言うなんて。
それにカカシ先生がモテるってことくらい、わたしちゃんと知ってるんだから。
「先生?」
「んー?」
「先生は、好きな女の人のこと、どんな風に抱くの?」
わたしがそう口にすれば、カカシ先生は歩くのを止めて、ゆっくりこちらを振り返る。
今度は、その顔に笑顔はなくて、真剣な顔でわたしを見ていた。
「なまえ……お前ね……」
「だって、カカシ先生はわたしを抱いてくれないでしょ?ならせめてどんな風に抱くのか教えてほしいよ」
カカシ先生は呆れた様に大きな息を吐き出した。
呆れられたかもしれない。そう思うと怖いけれど、今の関係を打破したいんだよ、わたし。
「ねぇ、先生。カカシ先生はわたしのこと子供だと思ってるんだろうけど、先生が思うほど子供じゃないよ」
こんな台詞を口にすること自体が子供じみてるかもしれないけど。
「カカシ先生を好きな気持ちは、憧れだとか、そんなものじゃない」
カカシ先生を想う気持ちが抑えられない。
苦しいくらい切なくて、狂おしいくらいに求めてる。
「だから……先生……」
「……」
「一度でいいから……」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、はしたない台詞だと思った。
今度こそ本当に呆れられたかもしれない。そう思うと怖い。
だけどわたしの頭の一部は凄く冷静で、恋人にしてもらうことが叶わないのなら、せめて一度だけでもカカシ先生を手に入れたと思い込みたい。それだけを考えていた。
わたしはただひたすら真っ直ぐにカカシ先生を見詰めた。先生は黙ったまま、真剣な眼差しでわたしを見ている。
きっと、わたしの気持ちを探ってるんだ。
絶対目を逸らしたりなんかしない。
「……本気?」
ボソリと呟かれた言葉。カカシ先生の声がいつもより少しだけ低い。
わたしは無言で、ゆっくりとした動作で頷く。
カカシ先生は暫く黙ったままわたしを見つめて、やがて再び足を動かし始めた。
「オレの部屋で構わないでしょ」
歩き出したその背中をぼんやり見ていたわたしを振り返って、先生が言う。
一瞬なんのことかとポカンとしてしまったけれど、さっきまでのやり取りからすれば、その答えなんてひとつしかない。
わたしは頷く。
カカシ先生はわたしを見ると、片方しか見えない目を弓形にしていつもみたいな優しい笑顔を見せた。
わたしは安心しながらも不安に駆られて、そんな気持ちを振り払うみたいに、走ってカカシ先生の背中を追いかけた。
先生の部屋までの道のりを、わたしはよく覚えていない。
何回か右折をしたような気がしたし、よくいくお店の前を通った様な気もしたけれど、これから起きるであろう出来事を思うと頭の中が真っ白になって、ただひたすら前を歩くカカシ先生の背中を追うことしかできなかった。
「入りなよ」
先生の声で我に返れば、そこは既にカカシ先生の家の玄関で。
カカシ先生の部屋には、以前ナルトやサクラと一緒に訪れたことがあったけれど、夕闇に包まれた暗いこの部屋は、あの時とは全く違う場所に見える。
後ろ手で玄関のドアを閉めながら、わたしは室内に上がりベストを脱ぐカカシ先生の背中を見つめていた。
先生はベストを椅子の上にバサリと置いて、無言のままベッドに腰を下ろした。
「なまえ」
低い声で名前を呼ばれ、導かれる様にゆっくりした足取りで室内へ足を進めた。足を踏み出す度にドクンドクンと脈打つ心臓の音が、わたしの身体の中で響く。
大丈夫。初めてのことに対して緊張するのは当たり前なんだから。
後悔なんてしてない。カカシ先生となら、たとえこの夜が最後になったとしても後悔しない。
その後のことは、今は考えられない。目の前にいるカカシ先生しか、見えないから。
玄関からベッドまでの距離なんてたかが数歩なのに、わたしには果てしなく感じた。腰を下ろすカカシ先生の前にたどり着けば、腕を引かれて、あっという間にベッドの上で。
わたしの上に覆い被さるカカシ先生の、今まで一度だって見たことない様な眼差しに、あぁ、こんな表情の先生も好きだなんて思うあたり、相当彼に惹かれているのだと再認識する。
高鳴る心臓は限界を突破するくらい早鐘をならしているのに、口布をおろす先生の指先の白さに気付くくらい頭は冷静で。
初めて見るカカシ先生の素顔に、感嘆の吐息が漏れた。
「……先生」
「なによ」
「先生って……かっこいいね」
今更?先生はそう言って笑うと、その顔をゆっくりと近付けて、わたしの唇に先生のそれを重ねる。
初めて触れる先生の唇。そっと触れただけなのに、身体中にじんわりと熱が広がっていく。
キスだけでこんなに熱くなるなら、これから先、さらに進んだ先は一体どうなってしまうんだろう。
期待と不安が交錯する心と、段々と深くなっていく口付けに、わたしの心臓は爆発寸前。
先生の舌が口内を味わうような艶かしい動きをして、わたしを翻弄する。
戸惑ってばかりなんかじゃないのよと大人ぶりたくて、先生の舌に自らのそれを絡めるように動かしてみたけれど、わたしの手はカカシ先生の服をぎゅっと握り締めていて、それがちょっと子供っぽかったかもしれない。
もう胸がいっぱいで、息苦しささえ覚え始めたころ、カカシ先生の唇がそっと離れた。
銀色の糸がぷつりと切れて、息を乱すあたしと、目をうっすらと細めるカカシ先生の視線がぶつかる。
「……先生」
「……ん?」
「わたし……すごいドキドキしてる」
「……怖い?」
「うん、怖い。だけど……」
カカシ先生はいつも優しくて、わたしの頭を撫でるその手つきはいつも穏やかだった。
わたしはカカシ先生に触れられるその瞬間が大好きで、撫でられた後はいつもその柔らかい感覚が暫く残っている。
さっきまでのキスは、その何倍も何十倍も強い刺激だった。
わたしが知らなかった、カカシ先生の触れ方のひとつを知ってしまったのだ。
これから先、カカシ先生がどんな風にわたしに触れるのか。
知りたいと望んだのはわたしなのに、わたしの知らなかった先生を垣間見たその瞬間、それを知るのが怖くなってしまった。
「ホントはね、怖いんだ」
すがる様に握り締めていた先生の服をゆっくりと離して、わたしはその手でカカシ先生の頬に触れた。
先生の頬は、少し冷たい。
「怖いんだけどね、でも、それ以上に嬉しいの」
そう口にしたら、わたしの目から生温かい涙が一粒こぼれた。
どうして泣くのか、自分自身でもよくわからないけれど。
「わたし、やっぱりカカシ先生が好き」
先生が好き。大好き。
わたしの知らない先生を知るのが怖い。だけどそれ以上に、わたしの知らない先生を知れることが嬉しい。
ホントはこんなやり方間違ってるって、頭の中ではわかってる。この後わたしとカカシ先生の関係が、今までの様にはいかなくなってしまうこともわかってる。
それでも構わないから、わたしの知らない先生を知りたい。そう思うくらい、カカシ先生が大好き過ぎてしょうがない。
「カカシ先生……」
溢れる想いはとどまるところを知らなくて、もう自分自身じゃ制御出来ない。
カカシ先生を呼ぶその声は、自分の声じゃないみたいに甘ったるかった。
わたしを見詰めていたカカシ先生は、再びゆっくりと顔を近付ける。
唇が触れあう。そう思ったのだけど、触れあったのは唇ではなくお互いのおでこ。
「……先生?」
先生の銀色の髪が、わたしの瞼をチクチク刺激する。
薄く開けた目で見上げれば、カカシ先生は目をぎゅっと瞑っていた。
「まいったな……」
「……?何が?」
ぼそりと呟かれた言葉に問い掛ける。
カカシ先生は目を開けて、ゆっくりとした動作で身体を起こした。
ふー、と息を吐き出しながら、ベッドの縁に腰かけるカカシ先生の背中を見詰めて、わたしはひとり取り残された気分だ。
「こうすればお前怖がって、嫌がるかなって思ってたんだよね」
カカシ先生はチラリとわたしを振り向いて、すこしだけ笑ってみせた。
「じゃあ、先生は始めからわたしのこと抱くつもりなんてなかった……?」
ゆっくりと上体を起こし、カカシ先生の背中に問い掛ける。
先生は黙ったままで、それが肯定を意味する答えなんだと理解して、さっきまであんなに熱かった身体からさっと熱がひき、今や薄ら寒くすらある。
「なぁんだ……馬鹿みたい、わたし」
恥ずかしさもはしたなさも、全部かなぐり捨てて、それでも懸命にカカシ先生にすがり付いた。そうでもしなきゃ、先生とわたしの距離は縮まらないって思ったから。
心の距離を縮めることは出来なくても、せめて身体だけでもと、必死だったのに。
なのにカカシ先生は始めからわたしを抱くつもりなんかなくて、先生にとってわたしは、どこまでも幼い教え子に過ぎない。
わたしとカカシ先生の距離は、結局縮まらないんだ。
自分のしたことが本当に馬鹿で、我が儘で、それがとても子供じみていて。
切ないとか悲しいとか、そんな感情は通り過ぎてしまったのか、涙が流れてくれない瞳は、ただカカシ先生の背中を見詰めることしか出来なかった。
「……ま、あれだな」
カカシ先生はわたしに背中を向けたまま、手を髪に差し入れて呟いた。
「こういうことはお前が大人になるまで楽しみにとっとくのも悪くないでしょ」
カカシ先生が今どんな表情をしているのかわたしには見えない。
「先生……そんなこと言われたら、わたし、大人になるまでずっと先生のこと好きだよ?」
カカシ先生を想う気持ちは自分でも制御出来ないくらいに強くて。
先生からみれば子供の大人ごっこなのかもしれない。けれど、わたしは本気だ。何年経とうと、この気持ちは変わらないのだと確信出来るほどに。
「お前が本気だってことは十分わかったよ」
「うん」
「だけどオレは今お前の先生で、お前はオレの教え子でしょ」
「……うん」
「お前が大人になるまでは、先生でいさせてちょうだいよ」
カカシ先生はそう言って、いつもみたいに優しく笑う。
今すぐあたしの‘先生’じゃなくなってよ。そう言葉にしたいのに、代わりに出てきたのは、涙だった。
わたしの想いを叶えることは出来なくて、先生との距離も変わらない。
傷付いて、悲しくて、切なくて。
泣き叫びたいほど心が痛いはずなのに、わたしはぽろぽろ涙を流しながら、口許だけ微笑っていた。だって、涙するわたしの頭を撫でるカカシ先生の手が優しいから。
カカシ先生はいつもそうだ。傷付く度に、わたしに優しくしてくれる。
きっとそれはこれから先も変わらなくて、わたしは、そんな先生が大好きで。
先生を好きだと想う度に傷付ついたり悲しくなるのに、きっとそのたびにカカシ先生を好きになる。
もう抜けられない、永遠のループ。
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