|
「……詳しいことは以上だ。討ち入りは明日の明朝」
先日、テロを行った不逞浪士の居所を突き止め、討ち入りが決まった。
討ち入り前に赴く隊士全員が集められ、会議が行われるのは定例行事だ。
「いいかお前ら」
副長は、相も変わらず立ち上がったまま続けた。
「奴らは俺達を見張っている。恐らくこっちの動きも筒抜けだろう。明日は絶対に油断するな」
ギラリと、鋭く厳しい眼差しでそう言った副長は、静かに腰を下ろす。
私は副長に代わり明日に向けての心構えを説く局長には目もくれず、静かに局長の話に耳を傾ける副長ばかりを見つめていた。
副長は、煙草を取出し、火を点ける。吐き出した煙は、ゆっくりと天井目がけて昇って行く。
副長が醸し出す、ピリピリとした、緊張感ある雰囲気が好きだ。大きな戦いの前の、彼が醸し出す空気が、私にはなんとも心地良く、士気を高めてくれる。
周りの隊士たちに気付かれないようにしながら、自分の腰に刺さった刀を握りしめる。
副長、私は、あなたを護れるなら、この命だって投げ出す覚悟がある。
決して口には出せない思いを、副長を見つめたまま、強く、強く念じた。
交わらぬ思いにその身を焦がせ
会議中、みょうじなまえはいつも俺を睨む。
俺に一体なんの恨みがあるのか知らねぇが、その強い眼光は他の隊士たちに埋もれることなく際立っている。
いや、あいつだけが際立って見えるのは、この真選組内でただ一人の、女だからだ。
そうだ。たったそれだけのことだ。
煙草を口にくわえたまま、畳の上に仰向けになる。
俺は静かに目を閉じた。
みょうじなまえが真選組にやってきたのは、一体いつ頃だっただろうか。
あれは確か数年前。隊士を募り遠征した先で、我こそは腕に自信ありと口々にする男たちの中に、たったひとり、女が交ざっていた。
女は静かだった。周りの奴等から「女のくせに」とからかわれようが罵られようが、黙っていた。
そんな女が、最初に口をきいたのは、他でもない俺だった。
『女が真選組に入ろうなんて考えてねェこった。俺達がやってることはお前が考えるほど甘っちょろくねェんだよ』
真選組に入隊するには、剣の腕が確かなこと。これが何よりも大事な条件だ。そのため新たに隊士を採用する時は、志望者同士で試合をさせる。
試合開始の前、竹刀を握り、群青色の袴を身に纏った女に、俺は言った。
『お言葉ですが、私の剣は男にだって負けない腕だと、自身で確信しています。それは副長自身の目で確認して頂ければいいこと。真選組は、腕のたつ者を採用しているんですよね?』
女は俺を真っ直ぐ見つめて、言った。睨むような、強い視線。
気にくわねェヤツだと、そう思った。
『腕がたつならなんの問題もねェよ。だがな、その前にお前は女だ。男だらけの場所に女が入ると、それだけで士気が乱れんだよ』
『……男女差別。ケチ』
『てめェ今何ボソッと呟いたコラァ!!』
今にも女に斬り掛かりそうな勢いの俺を、隣に立つ近藤さんが宥めた。
『まぁまぁ、いいじゃねぇかトシ。取り敢えず試合やってもらうだけでも。あの細腕だ。そう簡単に男に勝てんだろう』
近藤さんは言った。俺は溜め息を漏らす。
『……好きにしやがれ』
『ありがとうございます』
女はそう言い、近藤さんに頭を下げた。……俺に対する礼はねェのか。
不満ばかりが募る中、志望者同士の試合が始まる。
試合をするもの同士、互いに向き合い礼をする。女は背筋を伸ばし、ゆっくり頭を下げ、やがて剣を振るう為の構えをとった。
この女、強い。瞬時にそう悟った。
武士の勘だなんて、そんな大層なモンじゃねェが、剣に携わる者なら、あの女の構えた姿だけでその強さを計り知ることが出来ただろう。
事実、女は試合相手の男をものの数秒で床に寝転がすところまでやってのけた。
『よーし、採用!』
試合が決まった瞬間、声を挙げたのは近藤さんだった。
『近藤さん、勝手に決めてんじゃねェよ』
『トシ、お前はもうちょっと頭柔らかくしてもいいんじゃねぇか?彼女は強いし、ヤル気もある。別に問題無いだろう』
『いや、待て。問題だらけだろ。問題大アリだろ』
女を隊士にするなんざ、冗談じゃねェ。
俺の抗議を余所に、近藤さんはニコニコと女を見つめる。期待の籠もった眼差しで。
『副長』
今まで俺と近藤さんのやり取りを黙って見ていた女が、突如口を挟んだ。
『これならいいですか?』
言って女は、いつの間にか手にしていた短刀で、高い位置で結いあげた肩まである黒髪を、付け根からバサリと斬り落とした。
『私を女だと思って頂かなくて結構です。今、この瞬間から、私は……俺は、男です』
真っ直ぐ、強い意志の籠もった目で、そう言ったみょうじなまえ。
俺の隣では、近藤さんが満足そうに笑っていた。
「失礼致します」
障子の向こうからそう声を掛けられ、過去の記憶から現実へと呼び戻された。
腹筋の力だけで起き上がり返事を返せば、「みょうじです」と、障子越しに名乗る。
名乗らなくても、その高い声で誰だかなんてすぐわかるってんだよ。
「入れ」
「失礼します」
障子から姿を見せたみょうじなまえは、相変わらず黒髪を短く刈っている。入隊以来、ずっと短いままの髪。
「お呼びでしょうか副長」
「おう。取り敢えず座れ」
俺の真正面を顎でしゃくり、座ることを促す。
するとみょうじは、俺がそうしているのと同じ様に、胡坐をかいて座った。
「……なんですか」
「何がだ」
「聞いてるのはこっちですよ。なんでそんな不審そうな目で見るんですか」
「悪かったな。俺ァ元々こんな目なんだよ」
「あぁ、成る程」
「納得か」
「納得です」
みょうじは至極真面目な顔で言った。
こんな話するためにコイツを呼んだ訳じゃねェ。
「みょうじ、お前明日の討ち入りには来るな」
実に下らない会話を終え、本題を切り出す。
「……なぜですか、今更」
みょうじは実に不満げな表情で俺を見た。
「お前がいても足手まといになるだけだ」
「……副長、自分はそれなりに剣の腕には自身があります」
知ってるよ、んなこたァ。剣でお前に勝てるヤツなんて、真選組内でも数えるほどしかいねェんだ。
「……俺が、女だからとでも言いたいんですか?」
「それ以外何があるってんだ」
「自分は、あの日から――入隊を志望した日から、女ではありません」
みょうじから発せられた声は深く、“覚悟”が現れている。
だけどな、お前は女なんだよ。
他の隊士どもと同じ隊服を身に纏おうと、髪を短く刈り上げようと、お前は女だ。
「いくら男を装おうと、そんなの道化でしかねェ」
俺は自分の腰に刺さった刀を素早く抜き取る。それとほぼ同時に、みょうじが鯉口を切った。
だが、みょうじの刀は抜き切るまでに至らず、俺の刀のみが、みょうじの首筋を捕えていた。
「言わんこっちゃねェ。こんな簡単に首取られるようじゃ明日の討ち入りですぐ死ぬぞ、お前」
「……」
刀を当てられながらも、みょうじは俺を睨んでいた。
「……副長、俺は」
「『俺』っていうな」
「俺は、死ぬ覚悟が出来ています」
真剣そのものの瞳で、みょうじは言った。
コイツは、引く事を知らない。
「……好きにしろ」
言いながら、刀を鞘に納める。それを黙って見届けていたみょうじも、刀から手を離し、自分の膝の上に置いた。
目だけは、しっかりと俺を見据えたまま。
「……お前も物好きなヤツだな。普通に女として生きてりゃ今頃嫁にでも行って、命の奪い合いなんかとは無縁だっただろうによ」
隊服のポケットに突っ込んでおいた煙草を取出し、一本くわえて火を点けた。
俺の知らねぇ野郎に嫁ぐみょうじの姿を思い浮かべ、自分で口にした台詞に胸を痛くするなんて、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
「……酷な事を言いますね、副長」
みょうじは言った。
俺を見据えていた目は伏せられ、苦笑いを浮かべている。
「命を投げ出す覚悟をした自分に『嫁に行け』だなんて。……悔しいのを通り越して虚しいじゃないですか」
切なそうに眉を寄せ、口元には笑いを滲ませながらみょうじは言った。その目にはもう、さっきまで浮かんでいた意志の強さはない。
「……副長の言いたいことはわかりました」
言って、みょうじは立ち上がる。
「オイ、まだ話は終わってねェぞ」
「いいえ、終わりです」
俺を見下ろすみょうじの目は、再び強い意志を帯びていた。
「副長は俺を女だと言う。俺は自分を男だと言う」
「……」
「副長は普通に生きて嫁に行けと言う。俺は死ぬ覚悟があると言う」
「……」
「これ以上ないすれ違いですね。一生交わることはありません」
そう言ったみょうじの瞳は揺れていた。俺は、みょうじを見つめることしか出来ず、立ち去るその背中を黙ったまま見送った。
一人になった部屋。気が付けば煙草は、もう燃え尽きてしまう寸前だった。
持っていた煙草を灰皿に押し付け、新たな一本を口にくわえる。
何をそんなに死に急ぐ事がある。
みょうじ、お前は女だ。
アイツ自身が男だと、そう言おうが言うまいが、俺にとっちゃお前は女なんだよ。
死に急ぐな。お前には生きてほしい。
そう伝えたいだけなのに、みょうじなまえにはどうしても届かない。
『一生交わることはありません』
みょうじの顔と共に浮かぶアイツの台詞。
その通りかも知れねェな。
俺とみょうじとの思いは、一生交わることはないのかもしれねェ。
煙草の煙を肺に送り、勢い良く吐き出した。
* * *
いつからだろうか。あの人の為なら、副長の為なら、命を投げ出すことさえ惜しくはないと、そう思う様になったのは。
副長に呼び出され、話を聞けば、「女として生きていれば」などと言う。
副長の部屋から出た私は、屯所の中庭にひとり佇み、沈み行く夕陽を眺めていた。
真選組に入りたての頃から、副長と私は対立してばかりだった。
江戸の平和の為なら、自分の剣を使い、死ぬ覚悟だってある私。そんな私に、「女のくせに」と、ことあるごとに副長は言った。
嫌いだった。
死ぬことさえ厭わない覚悟があるのに、それを理解しない副長。私が女だからという理由だけで受け入れてくれない副長が、大嫌いだった。
けれど、死線を共にくぐり抜け、あの人の、命を掛けて守りたいものへの思いが、強く私を引き付ける。
副長には、命を掛けてでも守りたいものがある。私は、そんな副長を、命を掛けて守りたい。そう思うようになったのは、一体いつ頃からだったのか。
それは自分でもわからない。だけど私は、自分の思いを知っている。
女としての幸せなんて、いらない。
命掛けで生きる副長の傍にいれれば、それでいい。
だから私は、男なのだ。
首筋に刀を突き付けられ、身体は動かなかった。
恐怖からじゃない。
副長の強い眼差しに、吸い込まれてしまいそうだったから。
『普通に女として生きてりゃあ今頃嫁にでも行って命の奪い合いなんかとは無縁だっただろうによ』
随分酷い事を言う。思い出しただけで、苦笑いが漏れた。
副長の為に死ぬ覚悟があるのに、あの人は私に対し「女として生きていれば」、だなんて。
「嫁にでも行って」だなんて。
女としての幸せなんて、あなたの傍に居られることより幸せなのか。
私がそうする事を、副長は望んでいるのか。
「……やっぱり、一生交わりそうにないな」
ひとり、そっと呟いた。
私と副長は、永遠に交わることはないだろう。
互いにに全く別のものを望み、互いを理解しあえない。
ゆっくりと沈んで行く太陽が、何故かしら滲んで、ぼやけて見えた。
|