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もうこの恋を終わりにしよう。そう思った高校最後の夏休み。
自分ひとりでは着られない浴衣を母親に着付けてもらい、暑い暑いとこぼしながら夕暮れの迫る街並みへと出掛けた。
学校への通り道であるこの場所は、だいぶ見慣れているはずなにどこかいつもと違ってみえる。
この場所に浴衣に身を包んだ女の子が、男の子に手を引かれて歩くこの光景があるのは、今日限定なんだろう。
「……みょうじ?」
なんとなくそわそわしながら歩いていた。後ろから掛けられた声に思わずびくりと肩を震わせる。
「あ、やっぱりみょうじだ」
振り向いた先にいた長身の男は、わたしの顔を認めて、笑いながらそう言った。わたしの心臓は、それだけで大きな音をたてる。
やだやだ、もう諦めるって決めたのに。
「……仙道。もしかして部活帰り?」
「うん。みょうじは花火見に行くの?」
夏休みに会うクラスメイトは、なんだか違った表情をして見える。仙道なんて、バスケ部のTシャツにスポーツバッグという、なんでもない格好なのに。
仙道から見たわたしは、どう見えてるんだろう。
浴衣姿のわたしに、少しでも何か感じて欲しいだなんて、ただのクラスメイトに対する思いからは明らかに外れてしまっている。
「俺も行こうかなー、花火。今まで一度も見に行った事ないんだ」
「そうなの?せっかくだから仙道も行ったらいいよ。すごくきれいだよ」
「みょうじは?誰と行くの?クラスの奴と待ち合わせ?」
仙道の瞳がわたしを見る。
彼の問いかけに言葉を詰まらすわたしの様子を、仙道は冷静に捉えているような気がした。
「あぁ、そっか、デートか。付き合ってるんだろ?隣のクラスの……誰だっけ、サッカー部の奴と」
「なんで知ってるの?」
「なんでって……すげー噂になってたよ」
「そう……」
仙道には、仙道にだけは知られたくなかった。
そんなの、無理だってわかってたけど、それでも知られたくなんかなかった。
あれは、夏休みに入るちょっと前。テストを終えた帰り道、昇降口で出くわした隣のクラスの男の子に告白された。
その子とは特別仲が良いとか、そんなんじゃなかったけれど、優しそうな雰囲気だとか、笑った顔が何処かほっとさせらるとことか。そんなところが気に入って、付き合うことを承諾した。
今までにも何度か好意を伝えられたことがあったけれど、いずれも断っていた。
『好きな人がいるから』と。
1年の頃から好きだった彼は、わたしの気持ちなんか知らない。純然たるわたしの片想い。
気持ちを伝えたいと、彼女になりたいと何度も思ったけれど、わたしは酷く臆病で。いつも周りに女の子がいる彼とは不釣り合いな自分が、大嫌いになってしまった。
こんな恋は、もう終わりにしよう。そう思い始めた頃に告げられたわたしへの好意は、神様か何かが諦めるキッカケをくれたのかもしれないと、そんな風に思った。
「モテるもんなぁ、みょうじ」
「わたしは別に……。それに、仙道には言われたくないし」
諦めるだなんて、そんな風に思ったところで、すぐに気持ちを切り替えることなんて出来ないと、彼と言葉を交わしながら痛感する。
もしも今、わたしの気持ちを仙道に伝えたなら、彼はどう答えるだろうか。
嬉しそうに笑って、「一緒に花火を見に行こう」と言ってくれるだろうか。
気持ちを伝える勇気なんてこれっぽっちもないくせに、くだらない事を考えるこの頭を煩悩と、そう呼ぶんだろうか。
「暗くなってきたな。急がないと彼氏が心配するだろ」
仙道はそう言うと、片手をあげて去っていった。
最後に見せた笑いが、どことなく悲しそうだったのは、わたしの見間違いだったのだろうか。
わたしは仙道の背中を見送ることなく、太陽が深く沈んだ街並みを再び歩き出した。
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