|
チチチ……という高い音で目を覚ます。
カーテンの隙間から漏れる日の光は眩しくて、思わず顔を背けた。その視線の先にいるのは、音の主である2羽の鳥。2羽は籠の中で仲良く止まり木に並んでいた。
羽根に太陽の光を浴びて、青い羽がきらきらと輝く。2羽は揃って首を小さく傾げて私を見つめていた。
睡眠から覚醒しきらない体を引きずって無理矢理ベッドから抜け出すと、鳥籠の中に置いた水を新しいそれへ取り換える。新しい水が嬉しいのか、2羽は一層楽しげに鳴いた。
鳥たちが水を飲む姿を見守る。それが私の朝の習慣になって、もう数週間は経っただろうか。
カカシが私にくれた2羽の鳥。かなり遠い国にいる鳥だと、そう話していた。
鳥は評判どおりの美しい鳴き声で、いつも私のそばにいる。太陽の光を受けて輝く羽は、殺風景で温かみのなかった部屋の中で、灯りみたいだと思った。
鳥たちを美しいと思う。けれど、どこか悲しくなる。
どこか遠い国からやってきたこの鳥たちは、今、幸せなのだろうか。
〇
身支度を終え家を出た私は、木ノ葉病院のそばにある飲食店へ向かう。途中の大きな通りは、昼食時ということもあってか人出が多く賑わっていた。
仕事場までの通いなれた道を歩き、目的の店にたどり着く。入口から店内を見回すと、ほど近い席に見慣れた銀色の髪があった。
「おまたせ」
私がそう声をかけると、「オレもさっき着いたところだよ」と、カカシが言った。口元は相も変わらず隠れているけれど、少しだけ微笑んでいるように見える。
カカシと食事の約束したのは2日ほど前だった。
いつもと同じように予告もなく病院に現れたカカシ。「これから食事にいかない?」と、彼は私にそう言った。
その日私は夜間担当で、仕事を終えるのは翌日の朝だった。カカシにそれを伝えると、なら次の休みはいつかと尋ねられた。2日後だと答えると、「ならその日はどう?」と問われる。
かまわない。私はあまり深く考えずにそう答えていた。カカシは私の返事を聞くと笑って、「楽しみにしてるよ」という言葉を残して帰っていったのだった。
「随分といい待遇だね」
注文した食事が運ばれてくるまでの間に、起きてすぐに鳥たちの世話をするのだとカカシに話すと、彼はそう言った。そしてなぜか、嬉しそうに目を細める。
「動物の世話なんてしたことないから、初めは少し戸惑ったけど」
「ヒバリは細かいところにも気が付くタイプだ。動物の世話にも向いてるよ」
やわらかい口調で、カカシが言った。
鳥たちを見ていると、カカシの顔が浮かぶ。少し前の私なら、そんな自分に動揺し、嫌悪していただろう。でも今はなぜか心穏やかでいられる。
私のこの変化にカカシは気付いているだろうか。
「……――ヒバリ?」
ぼんやりしている間に、カカシがなにか言ったようだ。
「ごめん、なに?」
「いや、今度どこかに行かないかって聞いたんだ。……もう一度言うのは照れるね、どーも」
カカシは笑う。その言葉通り、どこか照れくさそうに。
そんな表情もするのかと、少し驚く。カカシの、忍としてではなくひとりの人としての表情は、私を動揺させる。
「もし鳥が好きなら、里の外れに珍しい鳥がいる公園があるよ。そこでいい?」
「あ、うん。……あの、カカシ」
「ん?」
「……あの鳥のなんだけど――」
「カカシさん!」
私が口を開くのと同時、聞きなれない声がカカシを呼ぶ。
姿を現したのは、くの一だった。くの一は私の顔を一瞥して、すぐにカカシへと視線を戻す。
「急で申し訳ありませんが任務が入りました。火影様より召集命令です」
くの一の言葉を聞いたカカシが、小さくため息を吐いた。
「悪いねヒバリ。任務が入ったからオレは行くよ」
帰ってきたら埋め合わせさせてちょーだい。そう続けたカカシに、私は頷く。そんな私をみて、カカシは少しだけ目を細めたような気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
席を立つと足早に出口へ向かうカカシ。彼を呼びに来たくの一は、私に小さく頭を下げて、カカシの背中を追う。
テーブルには、カカシの注文した料理が残されている。私は並んだ背中が遠ざかるのを眺めながら、まだ温かい料理に手を付けた。
〇
間も無く勤務の終了を迎える時刻。処置に使った道具の洗浄と整理を行っていた。
手を休めることなく動いていても、どこか集中力を欠いている。
約束していた食事の途中で任務が入り、カカシは私を残して席を立った。あの日以来、カカシとは顔を合わせていない。
カカシは里へ戻っていないのだろうか。あの日受けた任務を、まだ続けているのだろうか。カカシを呼びに来た、あのくの一と緒に――。
仕事中に一体なにを考えているのだろう。自分の思考に苛立ちを覚えた。手にしていた器具を元の場所へ戻したけれど、いささか乱暴な置き方になっていた気がする。
カカシが任務に赴いたあの日から、ずっとこうだ。胸の奥の方が黒く、重い。
けれど私は、自分の胸の奥にあるこの暗い気持ちを認めることができない。今までと何も変わらない、そんなふりをしている。
「空野さん!」
片づける道具も残りわずかになった頃、入院患者の見回りに出ていた同僚が、ドアを開けるなり大きな声で私を呼んだ。
私の顔を見つめるの瞳が不安げに揺れている。なんだか嫌な予感がした。
「どうしたんですか?」
私が問いかけると同僚は小さく息を吸って、こう続けた。
「カカシさんが来たんだけど、ひどい怪我みたいで……」
彼女の言葉を聞いた途端、私の心臓は締め付けられた。
何か言わなくては。そう思ったけれど、すぐに言葉が出てこなかった。まるで声の出し方を忘れてしまったみたいに。
「空野さん、もうすぐ終業の時間でしょう?あとはあたしがやっておくから、カカシさんのところに行ってきて」
「――はい」
同僚に言われて、私はなんとか返事をすることができた。仕事を代わると申し出てくれた彼女に礼を述べて、急ぎ足で移動する。
落ち着いて冷静でいなければ。自分自身にそう言い聞かせてみても、心臓はずっと早鐘を打っていた。
脳裏に浮かぶのは、幼少の頃に見た無残な光景だった。
失われた多くの命。父、母。そしてそれらがカカシに重なって、私の身体から冷たい汗が流れる。
嫌な記憶に囚われている間に、カカシの病室のドアの前に立ってた。
ゆっくりとした動作でドアを開ける。室内にこもっていた薬品の匂いが鼻を突いた。
部屋の奥に置かれたベッドの上に、カカシの姿がある。仰向けになった彼の眼は閉じられていた。
ベッド脇にいる医療忍者は、カカシの手首で脈拍をとっている。その医療忍者の隣には、忍の姿。
「……あなたは?」
カカシを看ていた医療忍者は、私の姿を認めて訝しげに言った。同じ病院内で働く人間とはいえ、なんの関係もない人物が現れれば警戒されても仕方がない。
「すみません。私、カカシさんの……友人です。彼の容態は?」
発した言葉はかすれていて、自分でも驚くくらいに小さかった。それでも医療忍者は聞き取ってくれたのだろう。ゆっくり頷き、こう続けた。
「チャクラ切れと、肩から腕にかけて大きな傷を受けています。そちらは処置も済んだのでもう大丈夫です。完治までには時間がかかるかもしれませんが、大事には至らないでしょう」
医療忍者はそう言って、広げていた用具をしまいカルテを書き記す。
「じきに目も覚めると思います」
そう言い残し、医療忍者は部屋を後にした。私は医療忍者と入れ替わるようにして、カカシの横たわるベッドの枕元に立つ。
上着を脱がされたカカシは、目を閉じたままぴくりとも動かない。
部屋には私と、カカシ。そして私がくる前からこの処置室にいた忍。どう言葉を紡げばいいかわからなくて、目を覚さないままのカカシを見つめていた。
いつも隠されている左眼と、口元も露わになっていた。痛みは無いのだろうか、穏やかに眠っているように見える。
布団からは剥き出しになった肩が覗いていて、巻かれた包帯が痛々しい。よく見れば、包帯を巻かれた箇所以外にも小さな傷がたくさんあった。今回の任務で出来たであろう新しい傷もあれば、いつ出来たのかわからないような古傷まで。
どれだけ戦えば、こんなにも傷ができるのだろう。私には、それを想像することも出来ない。
「……一度お会いしましたね」
不意にそう声を掛けられて、隣を見た。くの一は私と視線を合わせてから、小さく頭を下げる。彼女の顔をまじまじとみたけれど、どこで会ったのかすぐに思い出せなかった。
「任務前にカカシさんを迎えに行った者です。あの時はお食事中に失礼しました」
彼女の言葉で、くの一の顔を記憶の中から取り出すことができた。カカシと最後に食事をした時に、私は彼女に会っている。
「……ごめんなさい」
くの一の唐突な謝罪の言葉。
何に対して誤っているのか解らずに、私はくの一の瞳を見たけれど、彼女の視線はベッドに横たわるカカシへ向けられている。
「私、今回任務に着いた忍のなかで1番下っ端で、経験値も低くて。……たぶん、1番弱くて……」
「……」
「だから敵にも集中的に狙われたんです。そんな私をカカシさんが庇って……それでこんな怪我を……」
そう言ったくの一は、唇をかみしめた。
くの一の言葉は、私に向けられたものだっただろうか。彼女の瞳は相変わらずカカシに向けられている。
私は彼女にどう声を掛ければいいのだろう。
彼女だけじゃない。カカシが目覚めたとき、いったい何を話せばいい?
「……私は火影様への報告があるので、これで失礼しますね」
言って、くの一は部屋を出て行く。そのドアが小さな音を立てて閉じてからも、私はその場から動けない。
くの一の背中を見送りながら、私は彼女とカカシが並んで遠ざかっていった姿を思い出していた。
肩を並べて任務に赴く、カカシとくの一。そして、その背中を見つめながら生まれた感情も、一緒に蘇ってくる。
あの時私が感じたのは、孤独だった。今まで感じてきた孤独とは、また別物の。
里のために戦い、死ぬ。それが忍なのだと、カカシは話していた。そうして亡くなる忍を、私自身も目にしてきた。
カカシは忍だ。里を守るために、仲間である忍を守るために戦い、傷ついた。
私は、そうして戦い続ける忍を理解できない。彼らの戦いのその裏で、なんの罪もない人々が傷ついていることを知っている。
忍同士の戦争で父と母、故郷を失った私も、傷ついたのだ。そんな私が、忍を理解することなんてできるはずもない。
けれど、同じ忍同士なら。カカシと共に任務に赴いたあのくの一なら、きっと違うのだろう。
同じ忍だから、カカシと同じ気持ちで戦っている。それはカカシにとってはかけがえのない、守るべき仲間であるはずだ。
忍として戦うカカシと、忍によってたくさんのものを失い、傷ついた私。
結局のところ私たちは根の深いところが違っていて、歩み寄っても向かい合っても、繋がることはないんだと、そう思った。
|