「どうだったの?カカシさんとのお見合い」

 はたけカカシと望まぬ見合いをした翌日。出勤するなり、同僚は興味津々といった様子で私の顔を覗き込む。

「え?」
「上手くいきそうとか、駄目そうとか」
「ああ」

 見合いもなにもない。周りが勝手に進めていただけで、はたけカカシも私も結婚する気なんかなかったのだ。上手くいくはずがない。
 「駄目だと思います」。私が答えると、同僚は「なーんだ」と漏らしながら、つまらなそうな顔をする。

「そんなことより準備しちゃいましょう」

 開院前のこの時刻、治療に使う道具の準備や入院病棟の見回り等、しなければいけないことは沢山あるのだ。

「空野さん、この病院に来てどのくらい経ったんだっけ」

 忙しなく動き回る私を目で追いながら、同僚が言う。

「2年くらい、ですね」
「この病院に来る前は他の国にいたのよね」
「ええ」
「どこの国?」

 彼女の問いに答えると、同僚は一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。

「波の国の隣にあるんです」

 言い添えた言葉で理解できたらしく、同僚は「ああ!」と大きな声を漏らした。
 別段彼女が無知というわけではない。以前住んでいた国の名前を言うと、誰もが似た反応をする。それだけ目立たない、小さな国なのだ。

「隠れ里がない国だったの?」
「はい。とても小さい国でしたから」
「なら、きっと最初の頃は戸惑ったでしょう。忍とか、医療忍者とか」

 でも、もう仕事は完璧よね。いつも丁寧でミスもないし。同僚の言葉に私はどう返していいかわからず、曖昧に微笑んだ。
 確かに彼女の言うとおりだ。隠れ里を持たない小国にいた私は、忍に対しての知識も理解も皆無だった。にも関わらず、以前も病院で勤務していた経験を買い、働かせてくれることを許可してくれた院長やその他の上司には感謝している。


 私がここで働きはじめたのは、約2年前。
 この病院を訪れる患者は非戦闘員と言われる一般人(私もこれに属する)。そして主な患者は、忍という生き物だった。
 患者も忍なら、医者も忍。医療技術に長けた忍のことを、医療忍者という。この病院に来て、一番最初に教えられたことだ。

 ――この病院の主な患者さんは忍です。そして、その忍を治療するのも忍。医療忍者といいますが、彼らのサポートがわたしたちの仕事です。
 初めての勤務の日。病院の中を案内しながら、上司が話してくれた。忍についての知識や認識が曖昧な私に向けての言葉は、解りやすく丁寧だった。

 ――空野さんが以前勤めてらしたのは一般の病院だったわね。ここにくる患者さんは、今までの患者さんとは少し違うかもしれないわ。
 上司の言葉に私は、はあ、と間の抜けた返しをした。

 ――忍は常に危険な任務に身をさらしていて、重傷患者は珍しくないし、時には厄介な忍術に掛かって病院にやってくる忍もいるの。  『忍術』と言われてもそれがなんなのかイマイチぴんとこなくて、曖昧に頷くだけだった。

 ――始めのうちは驚いたり戸惑ったりすることも多いだろうけど、医療忍者の指示に従っていれば大丈夫。すぐに慣れるわ。大事なのは、患者さんを助けたいという気持ちよ。
 これから一緒に頑張りましょうね。そう話を締めくくった上司に、私は「はい」と、努めて明るい返事をしたのだ。


 約2年間。そのあいだに、この病院で多くの忍を見てきた。彼らはいつも仲間を思い、里を思い、時には無茶をしながら戦っている。
 彼らの行いは賞賛こそされなくとも、里に住む人々の希望であり、誇りである。木ノ葉の里で生活するようになって、周りの人々が忍たちをそういう目で見ているのを感じるようになった。
 けれど私自身は、やっぱり彼ら忍という生き物を理解しきれない。この里に来たばかりの頃、忍について丁寧に説明してくれた上司に対して申し訳ないくらいに。



「空野さん」

 開院して数時間後。入院病棟の見回りから戻ってきた私を、同僚が呼び止めた。

「ねえ、あそこ」

 意味ありげな微笑みを浮かべて、同僚はある一点を指し示した。同僚の指先に促され、視線を移す。
 彼女の指差す先は、この病院の受付だった。受付担当者が来院患者の対応をしている。患者は2名。どちらも忍だ。
 患者のうちひとりは見るからに大怪我を負っている様子で、服が血で赤く染まっている。そんな重傷者の腕を肩に回して立っている、背の高い忍。特徴的な銀色の髪は、後ろ姿でも誰だか解る。
 はたけカカシは、力強く隣の忍を支えているように見えた。

「ほら、カカシさん」

 同僚が私の脇腹を小突く。話し掛けないのと言わんばかりに。
 特に深い知り合いというわけでもない相手に対し、何故わざわざ声を掛けねばならないのだ。
 適当に言い逃れて、この場を後にしてしまおう。そう思ったところで、不意にはたけカカシが振り返った。
 視線は明らかにぶつかっている。私ははたけカカシに向かって小さく頭を下げた。

「空野さん!ちょうどよかった。処置室まで案内してあげてください」

 受付担当は私の姿を認めると、大きな声で言った。静かな待合室でとてもよく響く、清々しい声。


「任務の帰りですか?」

 重傷者を処置室にいる医療忍者に預け終え、ずっと付き添っていたはたけカカシに声を掛ける。

「ああ。オレたちは増援部隊だったんだけど、もう少し早ければあんな怪我させなかったかもしれないな」
「……」

 彼の怪我は自分のせいだと思っているのだろうか。半分以上顔を隠したはたけカカシの横顔のからは何も読み取れなくて、私は黙ったままでいた。

「……そういえば、空野さんに言っておかなきゃいけないことがあったんだ」
「え?」

 不意に、はたけカカシが言った。私は彼を見上げる。

「実は――」
「空野さん!」

 はたけカカシの声は、他の誰かによって遮られた。私は彼の言葉を遮った声の方に視線を向ける。そこにいたのは、この病院の院長だ。

「はたけ上忍も一緒ですか。ちょうどよかった!」

 院長は私たちのそばまで歩み寄ると、上機嫌な様子で続けた。

「お疲れ様です。どうかされましたか、院長」
「いや、昨日火影様から報告を聞いて、嬉しくなってしまってね!」
「はあ……」

 火影が院長に、一体どんな報告をしたというのだろう。さっぱり訳がわからぬままに、曖昧な返事をする。

「君たちふたりが結婚を前提に付き合うことになったのは、私にとってもとても喜ばしいことだよ」
「……え……?」

 院長の言葉の意味が、いよいよわからない。
 隣に立つはたけカカシを見る。彼は少し眉を下げ、申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
 「君たちが結婚までいってくれれば嬉しいよ」。院長は朗らかにそう言って、その場を後にした。

「……どういうことですか?」

 遠くなっていく院長の背中を見つめたまま、隣に佇む男に問う。
 おそらく彼だけが、予想外の展開の答えを知っているのだ。

「この前の見合いがどうだったのか火影様に聞かれた時に、上手くいきそうですって答えたんだ」
「……」
「だから、空野さんにも口裏合わせてもらえるよう頼もうと思ってたんだけど……」

 はたけカカシは苦っぽく笑いながら言う。
 お互い気乗りしない見合いの席上、見合いを断るために「上手くいきそうだと報告してしまえばいい」と、私は彼にそう話した。「相手に迷惑がかかる」と言った彼に、「私は構わない」とも。けれどそれらはすべて『例え』の話だったのだ。
 はたけカカシが本当にそんな報告をするとは思っていなかったし、相手として私を挙げるなんて、思ってもみなかった。
 思わず洩れそうになるため息を堪える。はたけカカシを責めることはできない。
 余計なことを口走ってしまったのは私の方だ。彼だって、見合いを避けるために軽い気持ちで吐いた嘘だったのだろう。

「……どうするんです」

 院長の姿はもうない。私の視界には、患者や医療忍者たちが慌ただしくロビーを行き交う光景が広がっている。

「火影様や院長が忘れてくれるに越したことはないんだけど……」
「そうですね。……忘れなそうですけど」
「ま、なんとかしてみるよ」
「はい」
「オレはそろそろ行くよ。……アイツのこと、よろしくね」

 はたけカカシが踵を返す。その瞬間ふと、彼が身に付けている服の左腕が大きく裂けていることに気付いた。
 布の裂目から覗く肌には、鋭利な刃物か何かで傷つけられた痕がある。

「はたけさん、それ」
「ん?」

 はたけカカシは振り向く。私が指さす先が彼自身の腕であることに気付くと、「ああ」と、声を漏らした。

「診てもらいました?」
「いや。……たいしたことないよ。ちょっと擦ってるだけだから」
「でも、けっこう深そうですよ」
「平気だよ、これくらい馴れてるから」

 はたけカカシはそう言って、笑った。

「……それはよくないですね」

 痛みや傷に馴れてしまうのは、不幸だ。きっといつか、傷ついていることにも気付かなくなってしまうだろう。
 よくないことだ。
 身体にも。そして、心にも。

「……そうだね」

 はたけカカシは一瞬目を見開き、すぐに通常の顔に戻って、言う。
 余計なことを口走ってしまったかもしれない。後悔と戸惑いを隠すために、言葉を続けた。

「医療忍者に診せないにしても、消毒くらいはした方がいいと思います」

 空いている処置室へはたけカカシを促し、簡素な椅子に腰を下ろすよう勧める。

「治療してくれるの?」

 処置室の中に置かれた棚の中から消毒薬やテープを取り出す私を見上げながら、はたけカカシが言った。

「私には消毒と包帯を巻くくらいしかできませんよ。医療忍者に比べたら、大したことないです」
「いや、助かるよ」

 私は、はたけカカシの顔を見る。視線が合うと、彼は穏やかに笑いながら、「ありがとう」、と言った。

「どういたしまして」

 おそらく彼が浮かべたのと同種であろう微笑を作って、私はそう答えた。

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