|
「そっちの班はどう?リン」 「うん……なんとかやってるよ」 そう言ったリンの顔には笑顔が浮かんでいたけれど、眉が苦しそうに歪められていた。彼女の表情から察するに、わたしが想像している以上にチームの状態は芳しくなかったのかもしれない。 リンとこんな会話を交わしたのは、彼女とオビトがカカシと同じ班に配属されて暫く経った頃だった。 同じ班のチームになってからというもの、上手く折り合いのつかないカカシとオビトの関係は、いつまで経っても変わりなかった。 彼らとチームメイトでないわたしが心配するのは、余計なお世話だったかもしれない。 それでも素知らぬ振りなんて出来なくて、わたしは何かと気をもんでいた。 それは彼らと同じ班であったリンも同じで、‘カカシとオビトの関係をなんとかしたい’。その共通の思いがわたしとリンの距離を近付けた。 「……ねぇ、リンってもしかして……」 「え?」 「……ううん、なんでもない」 リンって、カカシのこと好きなの?そう口にしようとして、止めた。わざわざ聞くまでもないと思ったのだ。 カカシのことを話す時、リンの瞳には淡く燻る想いが映っていた。 それがどんな感情なのか見抜けないほど鈍感ではなかったし、リンとの距離が遠いわけではなかった。 リンの想いが成就すればいいと、そう願った。だけど、カカシとリンが並んで歩く姿を想像して、心の端が痛む。 当時はこの心の痛みに気付かない振りをしていたけれど、それは紛れもない嫉妬心で。 距離が離れてしまっても、わたしにとってカカシは幼馴染みという特別な存在で、カカシにとってもそうであってほしい。 決して口には出せない気持ちは、この頃から抱いていたのだ。 * * * * * 「オビト、どうしてあの時攻撃しなかったの?敵はお前の目の前だったでしょうよ」 とある日のこと。カカシたちミナト班とわたしの所属する班とで合同任務を行った。 後にいう第三次忍界大戦期。与えられる任務は熾烈を極め、‘命を懸けて任務を遂行する’ということがどういうことなのか、わたしはようやく理解出来るようになっていた。 合同で行ったこの任務においても厳しい状況に置かれる場面が多々あった。その一つが、敵国の忍に囲まれ、一瞬油断してしまったわたしが、首もとにクナイを突き付けられてしまうというもの。 「動くな」とカカシたちに命じる敵の忍。わたしを捕らえた忍の一番近くにいたオビトに、カカシは攻撃するよう促したのだけれど、オビトは大人しく敵の忍の命令に従った。 わたしは瞬身の術で敵の後方に回り込んだミナト先生によって助けられ、大事には至らなかった。けれどカカシは、敵の忍に攻撃しなかったオビトが許せないらしく、任務が一段落し、オビトを叱責する言葉を吐いたのだ。 「なんでって……お前見てなかったのかよ!?」 売り言葉に買い言葉。カカシに責められたオビトは、口を大きく開いて言葉を返す。 「エリが捕まってたんだぞ!?もしエリに怪我させることになったらって思わなかったのかよ!」 「敵がエリを捕らえた瞬間に迷わず攻撃を仕掛けてれば、敵がエリにクナイを刺すまでには至らないでしょ」 「そんなの……そんなの上手くいったらの話だろ!?」 「二人とももうやめなよぅ」 段々と熱の籠る二人のやりとり。そこへ割って入っていったのはリンだった。 「オビト、どうせお前のことだ。結局は怖くて敵に攻撃出来なかっただけでしょ?」 「ちげーよ!」 「――もういいよ二人とも!」 リンの制止をものともせずに口論を続けるカカシとオビトの前に飛び込んだのはわたしだ。 二人の会話の中でわたしの名前が出る度に、いたたまれない気持ちになった。そもそもわたしが敵に捕まるなんて失態を演じなければ、二人が口論することもなかった筈で。 「カカシ・・・オビトは悪くないよ。もとはと言えばわたしが捕まったりしたのが悪いんだし……」 「エリが捕まった事はしょうがないでしょ。オレはオビトに言ってるんだよ。任務を最優先するなら――」 「わかってる。任務を最優先するなら、わたしの怪我を考えるより敵を倒すことを考えるべきだった……でしょ?」 わたしがそう言葉にすると、カカシは無表情のまま、視線を逸らした。 掟やルールを重んじるカカシの気持ちが解らないわけじゃない。それを責めることも正すことも、この時のわたしには出来なかった。 「任務を最優先することと仲間の身を案じることのどっちが正しいかなんて、わたしにははっきり言えないけど……」 「……」 「……でもね、カカシ。オビトのお陰で、わたしは無事だったんだよ」 掟やルールを重んじるカカシの気持ちは理解しているつもりだった。 仲間を救うことを優先し、それを責められてサクモさんは亡くなった。その事実が、カカシに大きく影響している。 それを知っているからこそ、カカシの理解者でいたいと思っていたのに、実際こうして‘わたしの身を案じることより任務を優先すべきだった’と言葉にされてしまえば、いとも簡単に心は傷付いて。 面と向かって‘傷付いた’と口にすることも出来ず、オビトを庇うことがカカシへの精一杯の感情表現だった。傷付いたのだと口にしてしまえば、カカシは更に遠く離れてしまうのではないかと、怖かったから。 こんなひねくれた表現でカカシに気持ちが伝わるはなく、彼は暫く無言でわたしを見詰めたかと思うと、「もういいよ」なんて言葉を残して背を向ける。 チームメイトからひとり離れて行くカカシの背中を眺めることしか出来なくて、皆その場から動けずにいた。 カカシがそう望むなら、ひとりにしておいたほうがいいのかもしれない。だけどわたしにはその背中が酷く寂しげに見えてしまって、何度か足踏みしながらも、結局はカカシの後を追った。 「……カカシ!」 「……」 「待ってってば!」 追いかけられてることなんてお見通しの癖に、振り向くこともせずに歩き続けるカカシ。駆け足で距離を縮めて正面に回り込んだところで、ようやく彼は歩くのを止めた。 カカシと真正面から向き合ってみれば、彼はわたしを真っ直ぐ見ていた。その瞳は鋭くて、わたしは悲しい気持ちになってしまった。 わたしの知ってるカカシは、優しい目をしたカカシだ。 いつだって先を歩きながら、それでも振り返ってはわたしを待っていてくれたカカシ。 そんな彼が鋭い視線を投げるなんて。カカシはいつからこんな瞳でわたしを見ていたのだろうか。そう思ったら、堪らなく悲しい気持ちになった。 「……カカシの言ってることが間違ってるなんて、わたしには言えない。任務を最優先することは忍にとって大事なことだと思うし」 「……」 「だけどね、オビトはわたしの……仲間のことを思ったから敵に攻撃出来なかったんだよ」 「オビトが敵を攻撃しなかったのは、ただ単に怯えてただけなんじゃないの?」 「……そうだね。もしかしたら怯えてたのかもしれない。だけどオビトが仲間を思う気持ちは本物だし、わたしはそのお陰で助かった。・・・何より、大切に思ってもらえてることが嬉しかったの」 カカシにも、そんな風に思ってもらいたいんだよ。決して口に出来ない願いを込めて述べた言葉は、カカシにはどんな風に聞こえただろうか。 わたしだって忍だから、守られてばかりじゃ駄目だって思ってる。 守られたいわけじゃない。 わたしは優しい目をしたカカシと、もう一度向かい合いたいだけだから。 「……エリ」 「……ん?」 「お前……オビトのこと好きなの?」 「えっ……」 予想外だったカカシの問い掛けに、わたしは言葉を詰まらせた。 どうしてそんな事聞くのだろう。戸惑うわたしを見詰めるカカシ。 わたしは、オビトが好きだ。恋心ではなく、同じ木ノ葉の忍として、仲間として。 カカシの口にした‘好き‘は、恋心を指しているのだと思った。 なら、わたしの答えは否。それを言葉にしようとした瞬間、脳裏を過ったのは、カカシとリンが並んで歩く姿だった。 「……わたしがオビトのこと好きだって言ったら、カカシはどうする……?」 実にくだらない嫉妬心だったと、後になってつくづく思う。 けれどこの時のわたしは、なんとも心許なくなってしまったカカシとの絆にすがりつきたくて、その証が欲しかったのだ。 「……別にオレはどうもしない」 カカシから返ってきた言葉に、ただただ突き放されたと、そう感じた。 「誰かを好きだとか、そんな感情、邪魔になるだけでしょ」 それは、わたしとカカシの今までも全部否定するってことなの? 「ならカカシは、わたしが任務の途中で命の危険に晒されても任務を優先するの……?」 助けてはくれないの?心配してはくれないの? すがるようなわたしの問い掛けに、カカシは表情を変えることなく言葉を紡ぐ。 「……忍として最も大事なのは任務を遂行することだからね」 カカシはそう告げると、わたしに背を向け歩き出す。 カカシは、わたしの命と任務を天秤に掛けた時、迷わず任務を選ぶ。そう言葉にされてしまえば、わたしは瞬く間に奈落の底だ。 わたしにとってカカシは誰よりも近い存在で、誰よりもカカシを理解していると思った。とても大切な人だと、特別な存在だと。 カカシにとってわたしも、そんな存在だと、そう思っていた。 だけど彼にとって優先すべきものは他にあって、それは時にわたしの命よりも重たくなるのだ。 不思議だね。誰よりも近い存在だと思っていたカカシが、今は遥か遠くにいる。 開いた距離がもう二度と縮まることはないのだろうと、そう思ってしまうほどに。 離れて行くカカシの背中が急にぼやけて、生暖かい何かが頬を伝った。 |