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一瞬にして世界が変わるような、そんな夢みたいなことは起こりっこないって解ってた。それでもいつも心のどこかで、あの頃のカカシが戻ってきたらいいのにと、そう願っていた。 その代償に何か別のものを失うことなんて、考えもせずに。 長く厳しかった第三次忍界大戦。なかでも激戦となった神無毘橋の戦いは、今でも語り継がれているという。 その戦いは、カカシとわたしにとって、忘れることの出来ないものになったのだ。 カカシたちミナト班が神無毘橋への潜入任務に向かった日、わたしは別の戦地で任務に就いていた。 カカシが上忍になって初めての、特別な任務であることは知っていたけれど、この頃のわたしはカカシとの距離を広げたまま近付くことも出来ず、何気ない言葉を交わすことさえはばかる、そんな関係だった。 「おめでとう」の言葉さえもいう機会を見付けられずに、神無毘橋に行く前に会ったオビトに「カカシにおめでとうって伝えておいて」だなんて言ってしまったのだ。 それがオビトと交わす最後の言葉になるなんて知らずに。 * * * * * 任務を終えて先に里へ戻ってきていたのはわたしたちの班だった。カカシたちも戻ってくる頃だろうと、そわそわしながら彼らの帰還を待った。 この戦争をへて多くの仲間を失ったし、わたしの両親もこの第三次忍界大戦時に殉職している。 忍として生きる以上、命の危険が付いて回るのだと、この頃にはもう充分すぎるほど理解していた。 理解はしていても、いつだって突然やってくる死の悲しみにはどうしたって敵わないのだと、未だ死に触れるたびに思う。 「カカシ……!その目……!?」 任務から戻ってきたカカシの左目は閉じられ、大きな傷が付いていた。 カカシは何も答えない。 カカシを支えながら隣を歩くリンも、言葉無く顔を伏せたままでいた。 大丈夫?とさえ聞けなかったのは、二人から醸し出される雰囲気が重たく、口を開くことさえ戸惑わせたから。 わたしは答えを求めて、彼らの隊長であるミナト先生に視線を向けた。 ミナト先生はわたしと目が合うと、悲しい顔をして言ったのだ。 「――オビトが戦死したんだ」 わたしの頭の中は真っ白だった。 言葉の意味を理解するまでに、どれくらいの時間が経ったか解らない。 気付いた頃には頬から涙を溢し、地面にへたりと腰を下ろしていたのだった。 神無毘橋での任務中、リンが敵に拘束された。リンを救おうとしたオビトと、それに反対したカカシが別々に進んだ。 けれど二人は揃ってリンを助けに向かった。そして、敵の陣地で相手の術にはまり、みんな命の危機に晒された。 そこでカカシの命を救ったのは、オビトだった。自分の命を省みることなく、カカシを救ったオビト。 オビトはカカシの見えなくなった左目に、自分の写輪眼を譲った。 自らが見ることの出来ない未来と、大好きだったリンを託して。 わたしが神無毘橋での詳細を知ったのは、カカシたちミナト班が帰還した翌日のことだ。 カカシは帰還後入院を余儀なくされていたし、リンはカカシに付き添っていて、わたしに詳細を話してくれたのはミナト先生だった。 ミナト先生は、「カカシに何があったのか君には知っておいてほしいから」と、そう言って全てを話してくれた。 だけどわたしは、この時のミナト先生の思いには未だ報いていないような気がしてならない。 全てを知った上でカカシに会いに行くことにしたのは、リンが一緒に病院へ行こうと誘ってくれたからで。 わたし一人きりでは、カカシに会うことなんて出来なかった。どんな顔をしてカカシに会えばいいのかわからなかったから。 オビトはカカシを助ける為に死んで、カカシはオビトに助けられたからこそ生きている。 その事実をうまく呑み込むことが出来ないままカカシに会って、一体何をしてあげられるだろう。 不安な気持ちを抱えたまま、木ノ葉病院へ向かった。リンとはカカシの病室で落ち合うことにして。 看護師に教えられたカカシの病室へ向かう。病院独特の薬品の匂いや静まり返った廊下は、わたしの足取りを更に鈍らせるような気がした。 やがてたどり着いたカカシの病室。 ピタリと閉められたドアを開こうと手を掛けた時、室内から聞こえた話し声で、わたしの動きは止まった。 「――だいぶ良くなってきてる。これならすぐ退院できるよ」 リンの声だ。よかった、これでカカシと二人きりにならなくて済む。わたしは、ひとりそっと吐息を漏らした。 思えば、カカシと二人きりになる空間を‘こわい’と、そんな風に感じたのは、この時が初めてだったかもしれない。 「……リン」 「うん?」 「……お前のことはオビトから託された。だから、リンのことはこれから先オレが守るから」 「……うん……」 ドア越しに聞こえてくる二人の会話。わたしはその場に立ち尽くしたまま、身動きがとれなくなってしまった。 カカシは、オビトが死んでしまったことに責任を感じている。だからこそオビトから託されたリンを守ると、そう決意したのだろう。 そんなカカシに、どんな顔を見せればいい?どんな言葉を掛ければいい? わたしは、カカシに一体なにをしてあげられる? 答えを導き出せないまま、わたしは物音をたてないよう、来たばかりの静かな廊下を引き返した。 本当は、怖かったんだ。 いつの間にか開いてしまったカカシとわたしの距離は、そう簡単に縮めることが出来なくて。 オビトが亡くなり、傷付いているであろうカカシを目の前にしてもなお、近付くことを躊躇ったのは、『お前なんか必要ない』と拒否されることが怖かったから。 傷付くことが怖くて距離を置いたのは、わたしの方だったんだ。 * * * * * オビトの死を境に、カカシは変わった。ルールや掟を守ることに固執していたカカシが、何よりも仲間の命を重んじるようになった。 そんなカカシの姿を、わたしは直接見ていない。その姿を実際目にした人の話を聞きながら、微笑むことしか出来なかった。 あの頃のカカシが、わたしが大好きだった優しいカカシが戻って来た。いや、オビトの死によって仲間を思う大切さに気付いた彼は、幼い頃のカカシとは、また別人なのだろうけれど。 カカシはきっと、わたしを傷付けるような言葉を吐いたりはしないだろう。昔の様に笑って、わたしを待っていてくれるかもしれない。 そう思いはしたけれど、わたしはカカシに会わなかった。 彼らが神無毘橋の任務から戻った時、オビトが死んでしまい傷付いたカカシを思いやることよりも、カカシに拒否されることが怖くて自分を守ることを優先してしまったことが、後ろめたくてしょうがない。 カカシはきっと、そんなわたしに呆れてしまう。 そしてまた離れてしまうくらいならもう会わないほうがいいんだと、言い聞かせて過ごしてきた。 そして、第三次忍界大戦末期。 リンが戦死した。 彼女はカカシと同じ班で戦地に赴き、医療行為に従事した。先発していた他の隊の負傷者の救護が任務だったという。 深い傷を負った忍の治療中、敵国の忍の襲撃を受けた。リンは動けない負傷者を庇うようにして敵の攻撃を受け、それが致命傷になったと聞いた。 誰に対しても優しいリンの、リンらしい立派な最後だったと、わたしは思う。 葬儀で彼女の家族からリンの最後を聞き、涙しながら天を仰いだ。仲間が亡くなる度に起こる胸の痛みは、どうやっても克服出来そうにない。 正面に視線を戻せば、僅かに離れたところに真新しい墓石がある。墓石の前に佇む彼の銀色の髪が、太陽の光を受けてきらきらしているのが見えた。 少しずつ少しずつ、迷いながらも足を進めてその背中に近付いていく。 足音なんて起てなくても気配だけでわかるだろう彼は、わたしが隣に並ぶまで一度も振り向きはしなかった。 「……」 「……」 わたしとカカシの間に言葉は無かった。 カカシの横顔に悲しみが浮かんでいた。 何も言葉に出来ないその代わりだったのか、気付けばわたしは、彼の右手を力強く握っていた。 「……エリ、ごめん」 「どうして謝るの?」 カカシはリンの墓に視線を向けたまま言葉を紡いだ。 久しぶりに聞いたカカシの声は、わたしの記憶の中のそれより、少し低い。 「オレはリンを守れなかった。お前の友を守れなかったんだ」 「カカシ……」 「オビトも救えなかった。お前はオビトのことが好きだったのに……」 カカシは悲しそうに目を細めた。 わたしが言葉を口にするのを待たずに、わたしの手から抜け出して歩いていく。 カカシは、ずっと自分を責めていた。オビトが死んでしまったことを自分のせいだと責めていたんだ。 そしてわたしは、そんなカカシをさらに苦しませていた。 わたしがオビトのことが好きっだったと、そう思っていたカカシは、わたしが彼を恨んでると感じていたんだろう。 わたしにとっては自分を守る為だった会わないという選択は、カカシにとってはわたしからの無言の責めだったのだ。 神無毘橋の任務の後見舞いに行った病院で、わたしの取るべき行動は静かな廊下を引き返すことなんかじゃなかった。 病室のドアを開けて、深く傷付いたカカシに、笑って「おかえり」と、そう言葉にするべきだったんだ。 今更後悔したって遅いのに、それでも溢れる涙が止まらない。 わたしはただ、カカシの近くにいたかっただけなのに、どうしてこんなにも遠いんだろう。 溢れる涙を拭う。手のひらに残るカカシの温もりも、もう消えてしまいそうだ。 |