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どんなに時間が流れても、変わらないものがある。変わることを望んでいても何も変えられないままでいるのは、他の誰でもない、わたし自身のせいだ。 「皆集まったわね。それじゃ、木ノ葉への帰路と隊列の確認をして出発しましょう」 夜が明けはじめ、空が薄い色をしていた。木々に囲まれた深い森の中でそう言葉を発すると、皆一様に顔を引き締める。 4マンセルで従事した今回の任務は、他国で起こった政治的内戦への参加であった。 木ノ葉の里に任務を依頼してきたのは某国大名で、その大名に不信を抱く反対派勢力との間に起きた内戦の鎮圧が、里より下された命だった。 大名派が忍を雇ったとの情報を仕入れた敵側も、木ノ葉の忍に対抗しうる忍を雇い、戦争は泥沼化した。 随分と長期化した任務だったけれど、先日、無事国内の鎮圧に成功。里より下された任務は無事終了し、わたしたちは里への帰路に着いた。 数日掛けて移動してきたけれど、今日中には里に到着することになるだろう。何も起こさえしなければ。 「――隊列の確認も済んだし、そろそろ出発しましょうか。今日中には里に戻れると思うけど……敵の追撃には注意して」 敵側が雇った忍というのは、小さな隠れ里出身の者たちだった。わたしたちは無事任務を遂行できたけれど、敗者側に雇われた忍たちにすれば、雇われた側を勝利させることが任務であり、今回は任務失敗。里からの咎もあるかもしれない。 そうなれば敵側の忍たちから憎まれるのは、彼らと同じ忍であるわたしたちだ。 班員に、そして自分に、敵側の忍たちからの奇襲を警戒するよう言い聞かせて、地を蹴った。 「……それにしても小さな国の内紛とはいえ、戦争ってのは厳しいものですね」 そう言葉にしたのは、わたしの後方を駆ける中忍の青年だった。彼の言葉を聞き、「そうね」と、返す。 わたしより年若い彼は、第三次忍界大戦の記憶も薄いのかもしれない。 第三次忍界大戦から、十数年の時が経った。 大戦終結後、わたしは上忍になり、多数の任務に従事した。受けた任務の殆どが長期任務だった。 年単位に渡る任務。それをひとつ終えては、再び次の長期任務へ。 そんなことを繰り返していたわたしは、戦争以降木ノ葉の里に滞在していた時間が本当に僅かでしかない。 不満を抱いてるわけではない。里から長く離れることを余儀なくされる任務は、わたしが自ら望んで受持ってきたのだ。 まるで何かから逃げるように、里から離れていた。 木ノ葉に到着し、火影様への報告が済んだ時点で今回の任務も終了となる。そうしたらわたしはまた何時もと変わらず、次の任務を受けて再び里を離れることになるだろう。 日が昇りはじめた空。光が射し込み、明るくなり始めた森の中を駆ける。耳に届くのは、ゴーゴーと響く、空気を切る音。 任務終了後の事を考えながら駆けていただなんて、今日のわたしはどこか集中力に欠けている。 「そういえばエリさん、夢は思い出しました?」 戦争の悲惨さを嘆いていた中忍の青年が、先程とはうって変わって明るい表情で問う。 出発前に取った休息中、わたしは深い眠りの中で夢を見ていたらしく、寝言を呟いているのを青年に目撃されてしまっていた。 青年から「夢の内容思い出したら話してくださいね」と、そんな話をされたこともすっかり忘れてしまっていた。 「それがさっぱり覚えてないのよね。普段から夢なんて見ないから、ただの寝言だったのかも」 わたしがそう口にすると、青年はやや不満そうに「えぇ?」と、声を漏らす。 大丈夫、こんな小さな嘘をつくことなんて、忍にとってなんら訳ない。 わたしは、時たま夢を見る。それは決まって、昔の夢だ。 一人前の忍になる前。アカデミーに入りたての頃。第三次忍界大戦――。 夢の中には、いつも決まって彼の姿がある。その時間を共に過ごしたのだから、当然なのかもしれないけど。 夢の中で会う人々の中で、今現在も生きているのは彼だけなのに、死んでしまった人たちと同様に、もう何年も言葉を交わしていない。 夢を見た後はいつも、深く沈むような気分になる。 わたし自身がどう言葉にしていいのかわからなくなる夢を、他人に伝えるのは酷く難しい。 「エリさん、後方から敵側の忍と思われる追跡が来ています」 わたしと青年の会話に割って入る声は、この隊唯一の感知タイプの忍のもので。 彼の声が聞こえたと同時、隊内が緊張感に包まれる。 「追跡者の人数は?」 「おそらく10人前後……徐々にですが我々との距離を縮めています」 「……」 振り返り見た後方に、敵の姿を目視することは出来なかった。 敵の忍の追撃を予想していたとはいえ、4人編成のわたしたちと、10人前後の敵。こうまで差を付けられて追撃されるとは、予想もしていなかった。 追撃者を待ち伏せして、迎撃をするべきだろうか。けれど任務を終えたばかりのわたしたちは、チャクラにも体力にもそれほど余裕がある訳ではない。いざ戦闘になったとして、全員無事に切り抜けることができるだろうか。 「エリさん!あと少し走れば木ノ葉の里です。オレたちはそこまで走り抜いて、里に待機してる人たちに救援してもらいましょう!」 中忍の青年が、駆けながら叫ぶ。 確かに彼の言う通り、わたしたちの里である木ノ葉まではあと少し。このまま敵から逃げ切る形で里内に入ることが出来れば、里の仲間たちが追撃者を防いでくれるだろう。 だけど木ノ葉に辿り着く前に、敵に追い付かれてしまったら?人数で圧倒的に劣るわたしたちは、チャクラも不十分。そんな状況で、全員無事に里に帰ることが出来るだろうか。 「あなたはこのまま走って木ノ葉へ向かって。火影様に救援を要請して」 わたしのこの言葉を受けた青年は、力強く頷いて駆け出す。 「わたしたちは追跡者の迎撃を」 小さくなっていく青年の背中を見送って、残った隊員に声を掛けた。 * * * * * 「カカシ先生ってばまた遅刻かよ!先生はこの班の隊長だろ!?」 新たな任務を受けるため、集合場所は火影低のすぐそばだった。 集合場所に到着するなり響くナルトの声に、「ごめーんね」と返せば、ナルトだけでなく隣のサクラまでもが冷たい視線を投げて寄越す。 教え子にこんな視線を向けられるなんてなぁ……と、ちょっとセンチな気持ちになったところで、頭上を飛行する鳥の存在に気付く。 「先生、あれ」 オレと同じくその存在に気付いたサクラが、上空を指差しながら言う。 「んー、緊急の呼び出しだねぇ」 「緊急って……なにかあったのかしら」 「ま、とにかく火影様のところへ急ごう」 * * * * * 敵に向かって放ったクナイはことごとくかわされて、僅かな一瞬のうちに背後に迫ってくる絶望を、‘仲間の増援’という希望をもって追い返す。 数の上で圧倒的不利にたたされたわたしたちは、敵の攻撃をかわすのがやっとという状況だった。 ‘死‘という言葉が脳裏をかすめる。おそらく、仲間たち全員の頭を過ったはずだ。 チャクラも不充分で、満身創痍。仲間の増援だけが、この場を切り抜ける唯一の希望。 体力的にも精神的にも限界が近付いて来ているのを感じる。 辺りに視線を走らせると、数メートル離れた先で隊員の一人が敵数人に包囲されていることに気付いた。 まずい。そう思うより早く体が動く。 クナイを握り直し、包囲された仲間を救うべく駆け出した。すぐ背後で、刀を抜く音がする。 振り返った時にはもう、敵の刀がその全貌を露にし、朝の太陽光を反射して白く輝く。 どうしてこんな僅かな一瞬の出来事が、スローモーションのように見えるのだろう。 これから先の展開を予想することが出来ても、敵の刀が触れる前に防御の体勢をとることは不可能だと、解ってしまう。 斬られる。そう覚悟したその瞬間、わたしの目に飛び込んできたのは、一瞬の閃光。 刀を抜いていた忍の動きがそのままの状態で止まっていることに気付き、そこでやっと閃光の正体が雷遁忍術であったことを理解する。 ゆっくり崩れる敵の体。背後からたった一衝き。 わたしを救ってくれたのは、木ノ葉に要請した救援部隊だ。 一体誰なのかなんて、閃光が雷遁であると気付いた時にわかっていた。 だからこそ顔を上げてその姿を見ることを、視線を合わせることを戸惑わせる。それでも永遠に俯いたままでいることななんて出来なくて。 心の準備もないまま顔を合わせることになったのは、今まで逃げ回っていたツケなのかもしれない。 不規則な音を奏でる心臓が煩わしい。 ゆっくりと顔を上げれば、昔となにも変わらない銀色の髪が少し揺れているのが見えた。 「――カカシ……」 夢の中では何度も呼んでいたのに、現実世界でこの人の名前を呟く自分の声は、随分と聞きなれないものになっていた。 |