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「土方さん、華絵のヤツこれから見合いなんざするらしいでさァ」 これから会議だと言う時にふらりと姿を消した総悟が、屯所に戻って来た途端口にした台詞がこれだった。 「もうとっくに婚期逃して今さら焦ったって、あんな女が嫁に行けるなんて俺は思っちゃいませんが」 副長室の障子を無遠慮に開けた総悟が続ける言葉は、一体何処に行きつくのか。 「とは言え、何が起こるかわからねェ世の中ですからねィ」 言って、総悟は俺に視線を向ける。 「……何が言いてェんだ、総悟」 「別に。ただの報告でさァ」 「んな下らねぇ報告寄越す前に仕事しやがれ」 俺がそう口にすれば、まるで逃げるように背中を見せる総悟。煙と一緒に、溜め息が漏れた。 「チッ……総悟の野郎余計な報告しやがって」 ひとりごちて、くわえていた煙草を灰皿に押し付けると、俺は勢いよく立ち上がった。 何をしたいとか、何かを変えたいとか、そんな考えは何もないままに身体が動いていた。向かう場所は、総悟から聞いた華絵の見合いが行われているという料亭。 俺達の屯所からさほど遠くないその料亭へ向かう足取りは、自分でも驚く程に早い。 今アイツの所へ行ってどうするつもりなんだ。 頭の中に浮かぶ自問に答えは出ないまま、頭のもう半分には、華絵の笑った顔がこびりついて離れなかった。 馬鹿で、意地っ張りで、強情で 華絵の涙を見たのは、過去にも1度だって無かった。アイツはいつでも強がって、ギリギリまで踏ん張るような女だったから。 華絵の親父さんが死んだのは、俺たちが武州を発つ前だった。 近藤さんの道場の近くで蕎麦屋を営んでいた華絵の親父。近藤さんの道場に身を寄せるようになってからというもの、その店に足を運ぶ事も多かった。 自分の仕事に誇りを持ち、実にさばけた感のある、気風の良い親父だった。 健在の頃は、この親にしてこの子ありだとはよく言ったもんだと、あの親父さんと華絵を見ては思った。 華絵の親父さんの葬式には、近藤さんはもちろん、俺や総悟、そしてその姉も参列していた。 式の喪主は当然華絵で、たった1人の肉親を喪ったばかりとは思えぬ凛々しさで、参列者ひとりひとりに挨拶していたのをよく憶えている。 「華絵ちゃん、ひとりじゃいろいろ大変でしょう。困ったことがあったらなんでも言ってね」 父親の葬式でたった1人、あっちこっちと忙しなく動き回る華絵に声を掛けたアイツに対しても、「ありがとうミツバ。大丈夫だよ」と、いつもと変わらぬ笑顔を見せる華絵。 あの底抜けの強さは一体どこからやってくるんだと、俺は思っていた。 親父さんの葬儀がひと段落したある日。忙しなくしていた華絵の様子を見てこいと近藤さんから使いに出され、訪れた。 落ち込んでいるかと思えば、華絵はやはりいつもと変わりなく、『トシじゃん!せっかく来てくれたんだからご飯食べてけば?』とあっけらかんとして言った。 「はぁ。これでやっと落ち着けるよ」 誘われるがままやってきたのは華絵の親父さんが営んでいた蕎麦屋で。 暖簾の出ていない戸を開けて、調理場に向かった華絵の第一声がこれだった。 「……お前そうやってそこ立ってると親父さんそっくりだな」 前掛けを纏い、調理場に立つその姿が生前の親父さんとダブって見えた。 「げぇ。やめてよトシ。わたしはあんな熊みたいな顔でもないし、体系だってメタボリックじゃないんだから」 死んだばかりの父親に対し憂いの感情も見せず、本気で嫌な顔をする華絵。 「見た目の話じゃねェよ」 「わかってる。性格でしょ?昔からよく言われたもん。『お父さんそっくりね』って」 過去の記憶を探しているのか、華絵は何処か遠くに視線を送る。その口元には僅かに笑みがあった。 「母親が死んで、たったひとりでよくここまで育ててくれたよ。この店だってひとりで切り盛りして……」 最後の方は何かに耐えるような、忍ぶような、震えた声だった。 カウンター席から見上げれば、目を真っ赤にした華絵が口を真一文字に結んでいた。 「はは、ごめん」 そう言って華絵は俺に背を向けた。 小さく震える肩。鼻を啜る音が静かな店内に響く。 「……泣かねぇのが強さってワケじゃねェだろ」 馬鹿みてェに涙を堪えて踏ん張って、お前はいつも笑ってる。唯一の肉親の死に対しても涙を見せまいとするコイツの姿は、俺からみれば馬鹿で、意地っ張りで、強情で。 どっかで見たことあるような感覚に捉われたのは、勘違いなんかじゃないはずだ。 「……トシのクセに……カッコつけんな」 そう言いながら振り向いた頃には、もういつもの笑顔が戻っていて。 もしかしたら、不器用極まりないコイツの前でなら弱い部分を曝け出せるかもしれないと、華絵の顔を見ながら、柄にもねェことを思った。 * * * 「……わたしたち、もう会わない方がいいかもね」 華絵の手を引いて抜け出した見合い会場から、大分離れた頃。後ろを歩いていた華絵の声に思わず振り返る。 「……さよなら、トシ」 蚊の鳴くような声で呟いた華絵の目から、次々と流れる水滴に、掛ける言葉が見つからなかった。 俺の手の中にあった自分のより一回り小さなそれがするりと抜ける。 俺に背を向け歩き出す華絵の後ろ姿を、呼び止めることも出来ずに、ただ呆然と見てることしか出来なかった。 さっきまで華絵の手を掴んでいたそれで拳を握る。 華絵を呼び止めたところで、どうしようってんだ、俺ァ。 華絵の望む言葉を、俺に言う資格があるのか? いつ死ぬとも知れねえ身で、華絵の手を取るのはただ餓鬼みたいたいな独占欲じゃねぇのか? アイツに言うことが出来なかった言葉を華絵に向けるそれは、偽りになるんじゃねぇか? 段々と遠ざかっていく華絵の背かに向かって伸ばした腕は、空を掴むだけだった。 「土方さん、なぁに寝ぼけてやがんでィ」 耳に届いた総悟の声に目を開ければ、そこには見慣れた天井があった。 ヤニで黄ばんだ天井に向けて伸ばされた手が自分のものであると理解するのに時間を有してしまったのは、寝起き独特の機能が悪い脳ミソのせいだ。 「――総悟……てめえ何してやがる」 伸ばしていた腕を下ろし、畳に手をついて上体を起こす。 屯所の中庭を背に俺を見下ろす総悟を睨んだ。 「何って、これから討ち入りって時に副長室に籠ったきり戻らねえ誰かさんを起こしにきただけでさァ」 そう語る総悟は、馬鹿デカいバズーカを構え、照準を合わせている。 「起こしにじゃねえよ!!どうみても永遠の眠りに誘う気満々じゃねかアアア!!」 「いやぁね、土方さんがあまりにもいい夢見てるみてぇだったんで、一生目覚めないようにしてやろうっていう俺の気遣いでさァ。ちったあ空気読めよ土方」 わざとらしくため息を吐く総悟に怒鳴りつければ、さっきまでの眠気も一気に吹き飛ぶ。 「目ぇ覚めたんならさっさと準備してくだせェ。近藤さんも待ってやす」 それだけ言い残し、副長室を後にする総悟。 これから討ち入りって時に夢を見ちまうほど熟睡するとは、我ながら情けない話だと思う。 刀を握る感覚を戻そうと膝の上に置いていた掌に意識を持っていけば、数日前に握った華絵の細い手と、頬を伝う大粒の涙が蘇ってきてしまうのは、さっきまで見ていた夢のせいだ。 さよなら。そう言った華絵の顔が浮かんできて、なんとかして振り払おうと、固く目を閉じる。 あの、強がりで意地っ張りの馬鹿なヤツが、何処かで幸せになってくれるならそれがいい。 たとえ、その笑顔をもう2度と目にする事が出来ないとしても。 閉じていた目を見開いて、床の間に掛けていた刀を手に、俺は立ち上がった。 |