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「ねぇ彰、今日これから予定ある?」 夏休み合宿を終えて数日後。午前中のみの練習を終え帰宅するなり、華梨がそう問い掛けてきた。 釣りに行くつもりでいたけど、それを予定だと言うにはしのびなくて、「別にないよ」と答えた。 「ならさ、昼は外に食べに行かない?わたし奢るわよ」 「いいけど……珍しいね」 彼女はあまり外食を好まないんだと思ってた。会社の付き合いや、休みの日に出掛ける時以外、ほとんど自炊していたから。 「やーねー。お祝いよ、お祝い」 「なんかめでたい事でもあったの?」 俺の知る限りでは、彼女に何かめでたい事はなかったはずだ。 「……もしかして華梨、妊娠したの?」 「違うわよ。わたしじゃなくて彰のお祝いよ」 「俺?」 「そう。キャプテンになったお祝い」 ふふ、と華梨は満足そうに笑った。 「別にいいのに」 「なんでよ。せっかくだし、ほら、そうと決まったら着替え着替え」 部活から帰ったままの格好でいた俺をせかすように捲し立てる彼女に言われるがまま、二人で家を出た。 「あー、おいしかった」 「お祝いなんて言うから高いとこ行くのかと思ってたよ、俺」 「すみませんね。ラーメンくらいしか奢れない安月給で」 「いいえ、ごちそうさまでした」 最寄り駅から数駅離れた所で降り、華梨は「彰の食べたいものでいいよ」と、そう言った。 ぶらぶら歩きながら何を食おうか考えているうちに、華梨が隣で「あそこ入りたい!」と声を上げる。彼女の視線の先にあったのが、ちょっと話題のラーメン屋だったというわけだ。 「ていうか、ラーメン食べたいって言い出したのわたしよね……」 俺のお祝いだと言いいながら自分の食べたいものを選択したことが心を咎めたのか、華梨は申し訳なさそうな視線をちらりと俺に向けた。 「いいよ、次は俺が決めるから」 「次って……それもわたしの奢りなわけ?」 「当然」 俺がそう言うと、彼女は眉をしかめながらもクスリと笑った。 「さ、腹ごしらえも済んだことだし、買出ししていこっか。買う物いっぱいあるんだから」 「もしかして、俺荷物持ち?」 「当然」 そう言って、華梨はニヤリと笑った。 『お祝い』は最初から俺を釣るためのエサだったのかもしれない。華梨ならやりかねないしな。 それでも憎めない彼女の笑顔はとんでもない武器みたいだと、ぼんやり思った。 *** 「1個くらいわたし持つわよ?」 「大丈夫だよ」 有名デパートの地下街は、スーパーには揃ってないような食材や惣菜であふれていて、予定していたよりも買い込んでしまった。 彰のお祝いと言いながら、結局自分の食べたいものを選んだ上に荷物全てを持たせるなんてさすがのわたしも気が引けたけど、本人は気にする様子を見せずに大量の荷物を軽々持っている。 地下からエスカレーターで上った所で、1体のマネキンに目が止まった。紺色の布地に朝顔の模様が施された浴衣を着せられている。 そうだ、もう夏なんだ。浴衣や水着が売り場に並んでいるのを見ると、その実感が一層増して、ちょっとわくわくしたりするのだ。 「浴衣欲しいの?」 ぼんやりとマネキンを見つめていたわたしに、彰がそう問いかける。 そういえば、今年は浴衣を買ってないんだった。まあ、浴衣を着る予定も特にないんだけど。 「ううん、いいの、別に」 浴衣探しもいいかもしれないと思ったけれど、大量の荷物を抱えた彰を付き合わせるのはあまりにも悪い気がした。 それにわたしは、誰に気兼ねすることなく、ひとりでゆっくりと買い物する派なのだ。次の機会に一人で来たっていいんだし。 「来たついでに見てこうよ」 彰はそう言って、浴衣売り場の会場が3階であることを確かめて、上りエスカレーターに乗ってしまった。わたしは慌ててその後に続く。 もしかしてわたし、もの欲しそうな顔で眺めてたのかな。彰の背中を見つめながら、そう思った。 「あ、この色好き!でもこっちの柄も捨てがたいのよね」 自分が何を買うか迷ってる間、誰かが一緒だと待たせてしまってるようで申し訳ない。 それがわたしの買い物スタイルだったのに、浴衣売り場に来た途端、いつものスタイルはどこかへ吹き飛んでしまった。 「よろしかったらご試着されてみますか?」 浴衣を2枚手に取り迷うわたしに、デパートの制服に身を包んだ店員がそう声を掛けてきた。 わたしの浴衣選びを黙って見ていた彰にちらりと視線をやると、彼はニコリと笑って「着てみれば?」と、そう言った。 彰のお言葉に甘え、店員の後に付いて試着室に向かう。 わたしってば、どうしてこうも甘えたがりなんだろう。もし今この場にいるのが彰ではなくタツヤだとしたら、わたしはきっと彼に気を遣い、のんびり迷ってたりなんてしなかった。 彰だから?彰が年下だから、ついわがままを言って甘えてるんだろうか。 バカだな、わたし。年下に甘えてどうすんのよ。 クスリと自嘲気味な笑いを漏らし、浴衣の袖を通す。 試着室のドアを開けると、さっきの店員が「おつかれさまです」と微笑み、顔を覗かせた。 彰は試着室の前に備え付けられた椅子に腰を下ろしている。 「その色、凄くお似合いです」 帯はこの色が合いますよ。店員はそう言いながら、売り場から持ってきた帯を腰の辺りにあてて見せる。 「うーん……。なんか派手じゃないですか?」 「そうですか?とてもお似合いですけど……」 大きめの柄に真っ赤な帯は、わたしの目には派手な印象に映って見えた。 購入を迷うわたしに、店員は自分と同じ意見を得ようとしたのか、彰の方を向いて、微笑んだ。 「旦那様も、奥様にはこちらがお似合いだとおもいませんか?」 そう問いかけられた彰は、一瞬なんの事かと言う顔で店員を見つめ、次にその視線をわたしに向けた。 「いいんじゃない?すげー似合う」 にこりと微笑み、彰は言った。 「そう?……じゃあこれにしようかな」 これお願いします」と言うと、店員は「ありがとうございます」と満面の笑みを見せて、試着室のドアを閉めた。 「あはは、旦那様だって」 「華梨は奥様だろ?」 「もう可笑しい……笑い止まんない「・・・」」 購入した浴衣を受け取り、デパートから外へ出ても、わたしの笑いは収まらなかった。 「だって彰がわたしの旦那様だよ?あはは」 長身にしっかりした体つき、高校2年生にしては大人びた顔立ちは、実際の年齢より彼を大人に見せているだろう。だけどわたしは彰の年齢を知っていて、わたしとっては高校2年生でしかないのだ。 彼はまだ、結婚さえも許されていない年齢なのに。 「彰が地下の食料品の袋持ってたから夫婦だと思ったのかな」 クスクスと笑いの止まないわたしを、彰はちらと見遣る。 「夫婦かあ。せめて恋人がよかったな」 俺まだ若いし。そう付け足した彰の言い方が神妙だったので、わたしはまた笑ってしまった。 「何言ってるの。彰とわたしの場合『せめて恋人』じゃなくて『せめて弟』とかでしょ」 「恋人じゃだめ?」 そう聞いてきた彰の顔つきが妙に真面目だったので、情けなくもわたしは動揺してしまった。 「だ、ダメっていうか、ないでしょ」 「……そりゃそーか」 ポツリと呟き、彰はニコっと笑う。 袋に包んだ浴衣を店員から渡された時、「優しそうなだんな様ですね」と、彰の知らないところでそう囁かれた。 わたしはまだ彰を旦那だと思われてることが可笑しくて、だけどちょっと嬉しくて、誇らしくて、奥様ぶって「はい」なんて答えたりしてみた。 もしも……もしもわたしと彰夫婦だったりしたら、わたしはきっと彼の優しさに甘えてしまうかもしれない。年上としては情けないけれど。 「なぁんて……ね」 まったくもって意味のない想像に自ら終止符を打つように、一人呟く。 「どうかした?」 「なんでもない」 不思議そうな顔をしてわたしを見つめる彰に、わざとそっけない顔をした。 わたしと彰が恋人なんてありえない。そんな風に言っておいて、あなたとの結婚生活を想像してたなんて、絶対彰には言えないわ。 |