望みのない恋にいつまでも身を焦がすことなんて、わたしにはできるだろうか。
答えは否。
自分の恋した相手に、だれか想っている相手がいるとしたなら、わたしはどこかで諦めてしまうだろう。
それでも相手を思い続ける様なことがあるなら、それは相手を好きなんじゃなくて、望みのない恋に一途でいられる自分を愛おしく思っているだけに違いない。



「そういや、もう秋なんだよな」

風呂から出てくるなり、彰はポツリと呟いた。

「そりゃそうよ。もう10月も終わるんだから」
「うん。わかってるんだけどさ、なんとなく」

そう言って、窓の外に目をやる彰。夜の空に、月がぼんやりと浮かんでいる。

わたしも彰と同じ様に窓の外を見つめたまま、お決まりになっている晩酌のビールを一口啜る。
夏場に比べれば、ビールを消費する量も大分減った。それがわたしの中で、秋を感じさせる。風情もなにもあったもんじゃないけれど。

「俺寝るね」
「ん。おやすみ」

部屋に入っていく彰の背中を見つめながら、わたしはあの日の事を思った。


『俺、華梨の事が好きだよ』

真っ直ぐな瞳でそう言われると、たとえ相手が子供であろうがなんだろうが、戸惑ってしまうことを初めて知った。けれど、わたしにどうすることができるだろう。
彰の事は嫌ってなんかいない。寧ろ、どちらかと言えば好きだ。勿論それは恋愛感情なんかじゃないし、わたしには彰よりも大事な人がいる。彰だって、そんなことがわからない程馬鹿じゃないだろう。
じゃあ、なんでわたしの事が好きだなんて言ったの?わたしには彰の考えがさっぱり解らない。
だけど、きっといつかその想いは消えるだろう。それだけは、はっきりわかる。
いつまでも恋人のいる女を想えるほどの年頃でもない。年上の女に対する一種の憧れみたいなものなんだ、きっと。
そんな想いが、いつまでも続く訳がない。


***


きっと華梨は、俺の華梨への想いなんていつか消えてなくなると、そう思ってるんだろう。
はっきりとそう口に出されたわけじゃない。だけど、なんとなく感じる。

俺が『華梨が好きだ』と、そう告げてから数日が経った。
あの日以来、華梨は特に変わった様子を見せなかった。急によそよそしくなるわけでもなく、だからって変にベタベタするわけでもない。
今までとなんら変わりなく、冗談を言っては笑ったし、俺は相変わらず怒られたりもした。
だけど俺にとってはそれが悔しかった。
華梨にとって俺は、好きだと言われたくらいじゃ別にどうってことない相手だってことだ。
そんなの初めからわかってたことだけど、俺としてみりゃ大勝負に出たつもりだった。
無反応って、そりゃねーだろ。

はぁ、と、らしくなく大きなため息を吐いて、制服のポケットに突っ込んだ部屋の鍵を取り出す。
華梨には今朝家を出る時に、国対への追い込みで帰りが遅くなるかも、と、そう告げた。けど、予想外の職員会議とやらが入ったおかげで帰宅の時間が早まった。

ドアを開けて「ただいま」と言ってみたものの、中からはなんの返答もない。華梨はまだ帰ってきてないのか。
心の片隅で、なぜか少しほっとしつつも、それでもやっぱり彼女の顔が見たいと思う。
そう簡単に諦められたり、すぐに消え去ってしまうような想いなんかじゃない。それは、なにより俺自身がよくわかってる。
簡単に手に入るとは思ってない。ただ知って欲しかったんだ。俺がどれだけ華梨を想ってるのかってことを。
今すぐじゃなくてもいい。だけど、いつか――。
笑う彼女顔を思い浮かべながら、俺は部屋にドサリとカバンを落とし、自分のベッドに横たわった。



目覚めたのは、玄関ドアの開く音が耳に届いた時だった。
家に帰ってすぐベッドへ横になり、いつの間にか眠ってたなんてのは俺としては日常茶飯事だ。帰宅した頃にはまだ明るかった窓の外も、もうすっかり日が暮れて真っ暗になっている。
大きな欠伸をひとつして、部屋の明かりをつけようと腕を伸ばした時だった。

「あがって」

玄関から声が聞こえた。
その声の主はまぎれもなく華梨のものだったけど、いつも聞いている彼女の声とはまた違う、緊張した声だった。
「おかえり」と、そう言いながら顔を出せばよかったのに、俺はなぜか息を潜めた。

「悪いな」

あとから聞こえてきたもうひとつの声にも、聞き覚えがあった。
前に一度だけ聞いた、華梨の彼氏の声。