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「じゃあ、明日決まり。彰は部活の後1回家に帰ってくる?それとも外で待ち合わせる?」 突然の華梨からのデートの誘いに、俺は正直浮かれていた。 デートに誘われたことじゃなくて、もしかしたら明日を境に、今までの様に華梨ととりとめもない話をしたり、華梨の笑顔が見れる様になるかもしれないと、そう思ったから。 「1回帰ってくるよ、俺。デートにジャージはさすがに無いしね」 俺が言うと、華梨は呆れた様に笑った。 俺と顔を合わせるのが気まずそうだったこの数週間が嘘の様に自然で嬉しい。 きっとまた元通りになると思ってた。 華梨の笑顔がずっと傍で見れると思ってた。 この時までは。 *** 家から一緒に出たんじゃデートって感じしないからさ、待ち合わせしようよ。そう言いだしたのは彰の方だ。自分から誘った訳だし彰に合わせてやるかと了承したけれど、こうも待たされては後悔する冬空の下。 待ち合わせ場所は、駅の出口。デート(だなんて認めたくはないけど)に誘ったのは確かにわたしの方だけど、待ち合わせにしようと言いだした張本人が遅刻では困る。 あぁ、でもあの子は時間にルーズな遅刻魔じゃない。今更ぶつぶつ言うのは、なんだかわたしの負けな気がする。 そうは言っても吹きすさぶ風は冷たくて、わたしはブルリと身震いした。 ちょうどその時、電車が駅に到着したのだろう。沢山の人が出てきて、その中に混じる長身のツンツン頭がこちらへ真っ直ぐ向かってくるのが見えた。 「遅い」 ジャージではなく、ジーンズにダウンジャケットというカジュアルな出で立ちで現れた彰に、睨みを利かせながらそう言った。 「ごめん。監督の話が長くてさ」 手を合わせた彰は、申し訳なさそうにそう言った。 「……しょうがないわね」 「華梨なら許してくれると思った」 彰は笑った。 心底嬉しそうなその笑顔に、わたしの心臓はズキリと傷んだ。 「で、どこ行こうか」 「わたしは何処でもいいよ。彰は?行きたい所とか、食べたいものとかないの?」 「俺もどこでもいいよ。華梨が一緒なら」 ニコリと笑う彰に、わたしの心臓はまた痛む。以前なら、「なにふざけたこと言ってるの」と言いながら、彼の頭を軽く叩いたりしていただろう。 だけど、今はもう出来ない。 わたしは、彰の気持ちを知ってしまっている。 「じゃあ適当に歩いてみよっか」 「うん、いいよ」 あては特に決まらないまま、わたしと彰は足を踏み出す。数歩進んだ所で、わたしの右手を何かが掴んだ。 予期せぬ温もりに驚いて自分の右手を見つめると、わたしのそれは彰の左手にすっぽりと納まっていた。 「……なによ、これ」 動揺して、うわずった声の自分。 「デートでしょ?駄目?」 そう言った彰は、なんの魂胆もない、無邪気な笑顔。 ドキドキと高鳴る心臓が彰に伝わってしまうのが嫌で、わたしは彰から目線を外した。 「今日だけの特別サービスだからね」 わたしがそう言うと、彰は嬉しそうに笑った。 目的の場所もないわたしたちは、特に何処かを目指す訳でもなく街を歩いた。歩道沿いにディスプレイされた店のショーウィンドウを眺めたり、行き交う人の多さに一緒に戸惑ってみたり。 こうして何の目的もなく、手を繋いで歩くわたしたちは、周りから見れば恋人同士に見えるんだろうか。 そういえば、いつかもこうして彰と2人で手を繋いで歩いたことがあったっけ。あの時は、わたしと彰がこんな風になるだなんて、露程も思っていなかったのにな。 「華梨」 「ん?」 「ホントによかったの?」 「なにが?」 「ここで」 そう言って、彰は店内をぐるりと見渡した。 ここは、そんなに大きくもなく、目立って繁盛している風でもないラーメン屋。わたしと彰はそのラーメン屋の壁際のテーブル席に向かい合って座っている。 ぶらぶらと街を歩きまわり、お腹が空いてきた頃に、ちょうど目に入ったのがこのラーメン屋だったという訳だ。 「いいじゃない、別に。わたしラーメン好きだし」 「うん、知ってるけど」 「あ、もしかして彰他に食べたいものあった?」 「いや、ないけど」 「そ。ならいいじゃない」 「うん、いいんだけどさ」 「何よ」 「なんか、デートって感じしないよな」 彰が真剣な顔でそう言うので、わたしは思わず笑ってしまった。 「……俺、なんか可笑しい事言った?」 「ふふ、だって彰、真剣なんだもん。それに、わたし以上に乙女チックなんだもん」 自分で口にしてから、なんだかさらに可笑しく思えて、また笑いが込み上げる。 クスクス笑い続けるわたしを見つめて、彰は眉を下げて笑った。 笑いが止まらないわたしと困り顔をした彰の元に、店員が「おまちどうさま」と明るい声で言いながら、ラーメンをふたつ運んできてくれた。 「あはは……あー、可笑しかった。さ、ラーメン来た事だし、食べようよ」 「うん」 わたしたちは同じタイミングで「いただきます」と言い、ラーメンを啜る。 「前にも華梨とラーメン食べた事あったよな」 ふと思い出した様に、彰は言った。わたしは「うん」とだけ答えて、再びラーメンを啜る。 食べてる間、わたしも彰も不用意に口を開こうとはしなかった。 この時彰が一体何を考えているのかはわからなかった。きっと彰にもわたしが何を考えているかなんてわからないだろう。 この時既に全てを決めていたなんて、彰は知る由もない。 「そういや明日ってクリスマスなんだよな」 食事をし終え、しばらく黙っていたわたしたち。 その沈黙を破ったのは彰だった。 「うん」 昨年は、タツヤとふたりで過ごしたクリスマス。昨年の今頃はクリスマスの訪れが楽しみで仕方なかったのに。今は飾られた街並みを見ても、心踊らせることはない。 クリスマスとはすっかり無縁になってしまったのだ、わたしは。 昨年の思い出に浸り、クリスマスのデコレーションで彩られた街並みをガラス越しに見つめて、小さくため息を漏らした。 「華梨」 「んー?」 「なにがいい?」 「……?」 「クリスマスプレゼント」 彰はニッコリ笑って言った。 「……あのね」 「うん」 「そーゆーのは、彼女が出来たらその子にしてあげて」 わたしが言うと、彰の表情が強ばり、それでいて傷ついた顔をしていた。 彰の気持ちを知った上でのこの台詞。最低で、最悪。 「――俺は」 「言わないで」 華梨が好きだよ、と、そう言うつもりなんでしょう? でも、わたしはそんな言葉聞きたくないの。 その言葉を聞くたびに、彰の気持ちを知るたびに、彰と一緒にいるたびに、わたしは胸が痛むの。 「……彰」 「うん?」 「今日誘ったのはね、大事な話があるからなの」 「……うん」 その時、ラーメン屋の引き戸がガラガラと音をたて、新しい客ね来店を告げた。 色気もムードも、デリカシーさえも感じられないこの空間が、本来はわたしと彰にはピッタリのはずなのに。 「わたし、あの部屋出てくから」 「――え?」 さっぱり訳がわからないと言いたげな顔をする彰に、わたしは少し笑ってみせた。 「これが、わたしから彰へのクリスマスプレゼント……かな」 出来る限りの最高の笑顔で、わたしはそう言った。 |