一番近くにいるはずなのに、何故か遠い。
隣に並んでいるかと思えば、あっという間に遥か彼方。

どんどん遠ざかっていくその背中を懸命に追い掛けるわたし。
耳に届くのは空気を切る音でも木の葉のざわめきでもなく、自分の荒い呼吸だけ。

待って。そう叫んで呼び止めたいのに言葉が出ない。
あまりのもどかしさに、体がバラバラになってしまいそう。



「・・・・さん。・・・・エリさん!」

わたしの名前を呼ぶその声に、一気に現実に引き戻された。目を開ければ生い茂る木々の隙間から見える星空と、わたしの顔を除き混む男の姿があった。
月明かりを受けて、男の額宛てが輝いて見える。

「・・・あー・・・ごめん。わたし本気で寝ちゃってた・・・。そろそろ出発の時間よね」

まだぼんやりしている頭を抱えながら、ゆっくり上体を起こす。

「任務も一段落しましたし、お疲れだったんでしょう。随分長くこの任務に携わってましたもんね、エリさん」

いくら任務に一段落着いたからといって、休息中にここまで深く睡眠に浸ってしまうなんて、正直ちょっと情けない。そんなわたしを責めることなく笑ってくれる同じ班員の青年に、照れ隠しの笑いで返した。

「一応与えられた任務は完了したけど、里に戻るまでは本当に任務終了とは言えないから。里に戻るまでは気を抜けない。・・・だから他の皆には内緒にしておいてね、わたしが寝てたこと」

わたしがそう口にすれば、彼は少し困った顔をして笑う。

「あと一日走れば里に戻れますね。エリさん木ノ葉に戻るのは久しぶりなんじゃないですか?」

「・・・そうね」

「俺も久しぶりなんで、嬉しいです!」

彼は顔を綻ばせて、そう言った。
わたしは・・・どう思ってるんだろう。
彼の言う通り、今回携わった任務は長期に渡り、その間ずっと木ノ葉の里を離れていた。
自分の生まれ育った場所に帰るということは、本来なら彼の様に喜ぶべきことであるというのに、わたしの心は晴れない。
里を思う気持ちは昔から何一つ変わりはしないのに、過ぎ去った時間が大きな溝になってしまって、わたしはそれを飛び越えることをずっと避けている。もう、何年も。



「あ、そういえばエリさん、寝てた時夢見てませんでした?」

「夢?」

「ええ。俺が起こそうとした時、よく聞き取れなかったんですけど寝言いってましたよ」

「・・・それはちょっと恥ずかしいな・・・。でも夢は結構見るのよね。あまり覚えてないけれど」

「そうなんですか。あ、じゃあ思い出してくださいよ。で、道すがら話してください」

それじゃあ皆呼んできます!快活に笑った彼は、そう言って未だ寝袋の中に収まった班員たちのもとに駆けて行く。
彼から漂う雰囲気はどこか浮わついた感も否めない。気を抜くなと注意するべきところだと思いつつも、厳しい任務を終えやっと里に戻ることが許されたとあれば、まだ年若い彼にとっては仕方のないことかもしれないと、青年の背中を見詰めながらため息混じりの笑いを漏らした。


遠くの空が白々と明るくなり始めた。
木ノ葉の里までは、あと少し。


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