彼にとってわたしは誰より近い存在で、わたしにとっても、彼は誰より近い存在だった。
だけどいつの間にか出来てしまった大きな溝を、わたしは今も飛び越せないままでいる。



わたしと彼について順を追って話していくとするなら、やはり始まりからだろう。

わたしと彼の始まりと言えばその出会いからなのだろうけど、わたし自身は彼との出会いを覚えていない。
わたしの頭の中にある一番古い記憶は殆ど断片的なものになってしまっている。その記憶の中には既に彼の姿があるのだから、一番古い記憶でさえ彼との出会いではないということだろう。
わたしと彼が出会ったのは、まだ歩くことさえ出来ない赤ん坊の頃なのだから、記憶に無くて当然なのだけれど。


わたしと彼、はたけカカシは、所謂幼馴染みというやつだ。
物心付く前に出会ったわたしたちは、気が付けばいつも一緒にいる。そんな存在だった。

わたしたちの親は互いに忍であり、親が任務で里を離れる事が多かった。だから里に残されたわたしたちは、自然といつもふたりでいた。
ひとりきりにならない様に。決して寂しくないように。
とはいえカカシは幼い頃からしっかりしていて、親が不在であることを寂しがるような弱音を吐いたことなんてなかったから、彼からすれば寂しがるわたしの世話をしていたに過ぎないのかもしれない。

幼かったわたしたちの一日といえば、常に鍛練に励むことだった。
いや、正しく言うなら、日々鍛練をするカカシと、それに必至に付いていこうとするわたし、なのだけれど。


わたしたちが幼かった頃、時代は第三次忍界対戦の開戦間際。大きな戦に備え、有能であれそうでなかれ、忍となるものを早急に育まんとする雰囲気が里全体を包んでいた。
カカシが幼い頃から忍としての鍛練を行っていたのはそんな時代に生まれ落ちたからなのか、それとも彼の中に流れる天才忍者の血がそうさせるのか。それはわたしにも解らなかったけれど、カカシを追いかけ、見よう見まねしていたわたしは、結局いつも彼を追うことで精一杯だった。

わたしは何時だって何をやってもカカシを追い越すことは出来なくて、生まれながらにして彼が持ち合わせている才能が羨ましく、それと同時に忍として埋められない距離を子供ながらに感じていた。
だけどカカシは何時だって、わたしを待っていてくれた。
酷く離れてしまいそうになると足を止め、わたしの隣に並び手を差し伸べてくれた。

いつのことだったか、二人で体術の練習をしてた時、わたしがうっかり足を捻ったことがあった。カカシはちょっと呆れながら、それでもわたしをおぶって家まで連れてってくれた。
あの時カカシの背中から伝わってきたその温もりを、わたしは今もよく覚えている。

そんなカカシを変えたのは、やっぱりあの出来事がきっかけだったと思う。


カカシの父であるサクモさんが亡くなったのは、わたしたちがアカデミーに入学する直前のことだった。
サクモさんが仲間を救うために任務を中断し、それがきっかけで周囲から責められ自害されたのだと知ったのは、サクモさんが亡くなられてから何年か後のことで、幼いだけだったわたしは、サクモさんが亡くなった訳など知るよしもなかった。
当時のわたしに唯一理解出来たことといえば、カカシがたった一人の肉親を亡くしたということだけで。
カカシの母親がいつ亡くなったのか、わたしは知らない。わたしの中にある一番古い記憶にもカカシの母親の姿は無いから、おそらくカカシが物心付く前には他界したのだろう。

カカシにとって父であるサクモさんを喪った悲しみは、幼いわたしには理解しがたく、彼の為に出来ることといえば、ただ傍にいることだけだった。

サクモさんの葬儀が行われてる間、わたしはただカカシの隣に立っていた。
もしカカシが泣き出してしまったなら、わたしは手を握ってあげよう。そう心に決めていたけれど、結局彼は葬儀の間もそれ以降も涙を見せることはなく、カカシはやっぱり強いなと、そう感心させられたのをよく覚えている。
忍とは、耐え忍ぶ者。父親を喪いその悲しみに耐えるカカシの姿はまさにそれだと、そう感じたから。
けれど、今なら理解できる。幼いカカシが悲しみを露にしなかったそれは、強さとはまた別のものであると。
だからこそ、せめて生まれた時からずっと傍にいたわたしの前でくらい、その悲しみを見せてくれればよかったのにと、そう思わずにはいられない。


それから間もなく、わたしたちはアカデミーへ入学した。その頃わたしの日課になったのは、アカデミーへ向かう際にカカシの家へ立ち寄ること。
カカシ自身に頼まれた覚えはないし、彼はわたしが顔を見せても仮面を纏った様に無表情だったけれど。
それでも毎朝アカデミーまでの道程を、わたしとカカシは二人で歩いた。


『そういえばこの前の忍術テストで合格点だったのカカシだけなんでしょ?凄いね!』

『別に・・・テストが簡単過ぎただけでしょ』

『そんなことないよ。皆も難しいテストだったって言ってたし』

『そう』

アカデミーに入学して、カカシの忍としてのスキルはまた一段と伸びていった。彼の才能は周りからも抜きん出ているのだと理解し始めたのも、ちょうどこの頃だった。わたしだけでなく、同期のアカデミー生たちも皆、カカシの持つ才能に気付いて一目置いていたと思う。
カカシがいつも周りの仲間たちと距離をおいていたのは、彼の才能に気付いた仲間たちが離れていたせいなのか。それとも、カカシが自ら離れていたのか。あの頃のカカシはいつも人を寄せ付けない空気を醸し出していて、それがわたしを不安にさせた。
カカシはいつかわたしとも距離をおこうとするのではないだろうか。物心つく前から一緒にいるわたしでさえ遠ざけて、ひとりぼっちになるんじゃないだろうか。

もしもカカシが離れることを望んでいたとしても、わたしはずっと彼の傍にいよう。
あの頃のわたしは、そう思っていたのに。


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