アカデミー入学後、カカシはその実力を認められ、あっという間に下忍になった。
一方わたしはといえば、カカシみたいな優秀さなんてこれっぽっちもなくて、アカデミーを卒業していく彼の背中を見送るだけだった。


『カカシ!登録終わったの?』

アカデミーからの帰り道。下忍登録を終えたカカシを待ち伏せて彼に声を掛けた。待ち伏せしてたなんて言えなくて、偶然だね、なんて言葉を付け足して。

エリはアカデミー帰りでしょ?』

『うん。なんかカカシが同じ教室に居ないのがちょっと変な感じだった』

『・・・ふうん』

カカシはわたしと離れて淋しい?この台詞を口に出来なかったのは恥ずかしさからじゃなく、カカシの答えを聞くのが怖かったから。

『・・・あ!カカシの担当上忍の先生、ミナト先生なんだって?良かったね、よく知ってる人で』

波風ミナト。後の四代目火影で、カカシの師だ。
詳しく聞いたことはないけれど、ミナト先生はカカシの父、サクモさんと旧知であったらしい。サクモさんが健在だった頃、カカシの家に訪れた際、時折ミナト先生と顔を合わせることがあった。
わたし自身、当時からミナト先生と顔を合わせれば声を掛けてもらっていたから、サクモさんの息子であるカカシとも当然面識があった訳で。
カカシが尊敬していた父サクモさんと旧知のミナト先生が彼の師であることは、カカシにとって救いではなかっただろうか。
勿論この当時は、知人が師である環境をただ単純に、良かったね、と思っただけだったけれど。


『別に誰が担当上忍とか関係無いでしょ。誰が先生だろうと命令に従うのがルールなんだから』

そう口にしたカカシは、わたしが一度として見たことがない、冷めた表情をしていた。わたしはそんなカカシの横顔を見て不安に襲われたけれど、彼はちっとも気付いていなかった。


エリ、お前もこんな所でのんびりしてる暇があるなら忍術の修行でもしたら?』

『・・うん、そうだよね。・・・カカシ、わたしの修行見てくれる?』

『オレはこれから任務だから』

そう言って走り去ったカカシ。その背中が見えなくなるまで、わたしはその場に佇んでいた。

下忍になったカカシと、アカデミー生のわたし。そこに隔てるものは何もない。それなのに、物心つく前から一緒にいるわたしとカカシの距離は、簡単には埋められないくらいに離れてしまったのだと、この時初めて感じた。そしてそれを淋しいと、そう感じたのも、この時が初めてだった。
階級ひとつの違いで離れてしまった距離ならば、その階級の差を埋めればいい。この時のわたしは、それだけでカカシとの距離を縮められると、そう思っていた。


* * * * *


カカシが下忍になってから数年後、わたしはアカデミー卒業を許された。

アカデミー時代、常にわたしの目に映っていたのはカカシの背中で。
昔みたいに立ち止まってわたしを待つことなんてせず、前へ進む彼に追い付こうと、必死だった。だけど当のカカシはわたしがアカデミーで必死になっている間に中忍へと昇格していて、下忍になったばかりのわたしは、どうしたって辿り着けない頂を見上げる気分だった。
とはいえ正式に忍として認められたことは嬉しかったし、カカシと同じ班に配属されるのではないかと、淡い期待をしていた。
けれど期待通りに事が進むはずなんてなくて、わたしはカカシと別の班に配属が決定。
カカシにはカカシでチームメイトができ、彼の所属するミナト班はカカシ、オビト、リンの4マンセルになる。

わたしはオビトやリンとはアカデミー時代からよく声を掛け合う仲で、二人の人となりは知っていたから、二人がカカシと同じ班に配属されたことは、なんとなくわたしを安心させた。
けれど任務帰りにカカシたちミナト班と会う度に、カカシとオビトの間に流れる不穏な空気にヒヤヒヤさせられるばかりで。



『カカシのヤツが掟だルールだってうるせーんだ。・・・俺のことも馬鹿にするしよ』

いつだったか、ちょうど任務明けのオビトと帰り道で出会した際、カカシとは上手くやれてる?と聞いたわたしへの、オビトの返答がこれだった。
アカデミー時代からオビトは優秀とは言い難い成績で、反対にカカシは周りから天才と呼ばれるほど実力があった。正反対の二人が反発しあうのは当然のような気もしたけれど、同じ班のメンバー同士、いい関係になってくれればと願っていた。

『カカシも悪気があるわけじゃないんだよ、きっと』

『お前はカカシの幼馴染みだから、どうせカカシの味方なんだろ』

『・・・オビト・・わたしそんなつもりで言ったんじゃないよ・・・』

機嫌を損ねてしまったオビトに、わたしはそれ以上声を掛けられなかった。
確かにオビトの言う通り、わたしはカカシの幼馴染みで、どうしたって彼を特別な目で見ていたと思う。
だけどオビトの良いところも知ってるから、‘カカシの味方’だなんて決め付ける言い方に、少なからず傷付いたのも事実だった。

オビトは優秀とは言い難い忍かもしれない。うちは一族というエリートの中に生まれ、オビト自身多くのプレッシャーを感じ、コンプレックスを抱いていただろう。
それでもオビトは何時だって一生懸命だった。周りに馬鹿にされたって何度も立ち上がって見せた。
オビトは誰にでも別け隔てなく優しく、とても仲間思いの忍だ。そんな彼に対して、わたしは好感を抱いていたし、懸命なオビトの姿は、わたし自身と重なって見えた。
いつの間にか遠く離れてしまったカカシの背中を、夢中で追い掛けるだけだったわたしの姿と、重なって見えたのだ。


『・・・悪い』

黙りこくったわたしの隣で、オビトが照れ臭そうに呟いた。
わたしが少し笑って、『カカシもオビトと同じくらい素直になったらいいのにね』と言うと、オビトは顔をくしゃっとして笑いながら、『そうだな』と返した。

この時のオビトの笑顔を、わたしは今でも脳裏に蘇らせることが出来る。


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