与えられた休暇の終わりは、突然やって来た。
紅やアスマたちと集まったその翌日。依頼していた忍具の修理が終わる頃だろうと、店に足を向けた帰り道、何処からともなく飛んできた小鳥がわたしの肩に留まった。


「長期任務じゃないことに文句を言うかと思ってたんだがねぇ」

招集を受けたわたしは、その足で火影邸へと向かった。
綱手様から言い渡された任務内容は、大名の護衛。問題が発生することなく全てスムーズに進めば、任務終了は3日後を予定している。
前回の任務を終えた際に休暇を与えた綱手様に対し、『長期任務を』と強く主張したのは紛れもなくわたしだ。そんなわたしが大人しくこの任務を受けたことで、綱手様はにやりと笑いながら指示書を寄越す。
綱手様の少し意地悪な視線に耐えながら、受け取った指示書に目を通す。記されている大名の3日間の行動予定と、それに伴う移動経路などを全て把握し終え、再び綱手様の手へ戻した。

「行ってまいります」

「ああ、頼んだぞ」


火影邸を出て、正門へ向かった。
あれだけ長期任務を望んでおきながら、与えられた任務が3日間であることに安堵する自分がいる。
今長期任務を受けて里から数年間離れることになれば、わたしはきっと心許なくて、不安になってしまっていたと、そう思う。

カカシと向かい合うことが、怖かった。だけど、カカシがわたしを見るその瞳が優しいから、少しずつ恐怖を解きほぐす。
あと少し、もう少し、と、その距離を縮めたくなってしまう。
今のわたしには、数年間は長すぎる。


正門へ向かう途中ふと足を止め、門から少し遠ざかる道を選んだ。
先にあるのは慰霊碑だ。任務までに少し時間があったとはいえ、何故其処に赴くことにしたのか、自分自身でも解からない。
あの場所にはわたしにとって、決して忘れることの出来ない過去がある。その過去に触れるのはいつだって心の痛みを伴うし、任務直前の大事な時間にわざわざ訪れるべき場所ではないのかもしれないけれど。

目の前に広がる緑の芝。見晴らしの良い広場に置かれた慰霊碑は、いつも慎ましくそこにある。
慰霊碑の前に佇む先客の存在も、慎ましやかに見えた。
長身の、綺麗な銀色の髪。少し丸くなった背中に、ゆっくりと近づいていく。


「・・・これから任務?」

隣に並んだわたしではなく、慰霊碑に視線を向けたまま、カカシが口を開いた。

「ええ・・・。カカシは?」

「オレもこれから任務がある」

カカシに倣い、磨かれた石の表面を見つめる。
綺麗に磨かれた石。雨風に晒されたあとや小さな傷に、時間の経過を感じさせられる。


「・・・カカシは任務前にはいつもここに来るの?」

「いつもってわけじゃないけど・・ま、大抵はね」

カカシの視線は慰霊碑に向けられたままで。
途切れる会話と訪れる沈黙。そよぐ風の音しか聞こえない。

カカシが何故任務前に慰霊碑へと訪れるのか。その理由は、訊かなくてもわかる。
カカシも忘れていないのだ。オビトを亡くしたことを。きっと彼は、オビトを死なせたのは自分だと、今でもそう思っている。

昔の自分を戒めて、仲間と共に任務へ向かうカカシに、わたしは何もしてあげられない。この無力さが悔しい。
あの時と同じだ。神無毘橋の任務でオビトが亡くなった時、オビトの死が自分のせいだと責めていたカカシ。そんな彼に対してわたしはなにも出来ないまま、ただオビトの死を悲しんだ。

そして、リンが戦死した。
リンの墓の前で、リンとオビトを亡くしたことをわたしに詫びた。
わたしがオビトを好きだったと、そう思っていたカカシ。友人と好きな人を死なせてしまったと、わたしへの悔恨の念で一杯だった筈で。
そんなカカシの思いを知りながらも、わたしは自分の態度が彼を責めたてていた事実に、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。

カカシは十数年たった今でも、わたしに対し後悔の念を抱いているのだろうか。
好きだったオビトと友人であるリンを死なせたと、その心を痛めているのだろうか。


「・・・オレはそろそろ行くよ。またナルトとサクラに文句言われるしね」

沈黙を破るカカシの声に、思わず身体がびくりと反応してしまう。
またな、と言ってわたしに背を向けたカカシを引き留めたい衝動に駆られる。

「・・・・カカシ!」

「・・・・」

わたしの呼び掛けに振り向いたカカシは無言のまま、表情だけで「どうした?」と問い掛ける。
カカシに真っ直ぐ見詰められると、何をどう言葉にしていいのかわからなくなってしまう。積もりに積もった様々な思いは、確かにわたしの胸の中に存在するのに。この全てを伝えるには、一体どうしたらいいのだろう。


「・・・・ごめん・・・なんでもない」

ごちゃごちゃと乱れる心を整えるには、任務前のこの状況では時間が足りなさすぎる。
いざ言葉にしようとすると、やはり怖かった。
わたしの胸の内を晒け出した時、カカシは一体どう思うだろう。逃げてばかりの臆病なわたしを、彼は受け入れてくれるだろうか。
そんな風に考えて、また逃げ出したくなってしまう。

「・・なんか大事な話?」

「・・・・ううん。ホントになんでもないから。・・任務、いってらっしゃい」

「あぁ。・・・エリも、いってらっしゃい」

「ん」

カカシは再び歩き出すと、振り返ることなく姿を消した。
わたしはもう一度慰霊碑へと視線を落とし、そこに刻まれた名前を見詰めながら、「いってきます」と呟いた。


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