オビトが戦死したんだ。
神無毘橋の任務を終えて里に戻るオレたちを待っていたエリに、先生が告げた台詞。

チャクラ切れで動かない身体と、うまく働かない思考。それでも、先生の声と、先生の台詞を聞いて涙を流すエリの顔は、よく覚えている。

一瞬大きく目を見開き、全身から力が抜けた様にその場に腰を下ろしたエリ。次の瞬間にはもう瞳から涙が溢れていた。
幼い子供の様に泣き叫んでいたわけじゃない。何処か遠くに視線をやり、虚ろな目をして、静かに涙していた。

エリの表情を見たオレの胸が、抉られるみたいに痛んだ。エリにそんな表情をさせたのは、オレのせいだから。

何より大事にすべきものを疎かにした結果が、波紋の様に広がっていく。オビトを救うことが出来なかった。そしてオビトの死の悲しみが、仲間達に広がる。


『・・・カカシ・・・取り敢えず病院に行こう・・・?』

身体の動かないオレを横で支えていたリンが、そっと囁く。
エリをこのまま放ってはおけない。そう思いはしても、力の抜けきった身体からは声を出すことも出来なかった。
泣き続けるエリを残して、オレはその場を離れた。

その後の記憶は曖昧で、どの道程で病院までたどり着いたのかは覚えていない。
ただ、エリのこんな顔はもう二度と見たくない、させたくないと、強く思ったことだけは、はっきりと覚えている。



オビトの死から間もない第三次忍界対戦末期、リンが戦死した。リンを守ると、そう誓ったオビトとの約束を、オレは守ることが出来なかった。
すまない、オビト、リン。
リンの墓石の前で、オレは詫びることしか出来ずにいた。

エリは、何を言うでもなく、ただ黙ってオレの隣に並んだ。
右手が暖かくなる。
自分の手がエリのそれと重なっているのだと、すぐに理解出来なかった。
隣でオレの手を握るエリの横顔を見ると、その目が赤くなっていることに気付く。
泣いたのだろう。頬に残る涙の跡を見て、そう思った。

『・・・・・エリ・・ごめん』

気が付くと、口が自然と動いていた。
エリの身体がオレの言葉に反応して僅かに揺れるのが、その手を通して伝わる。

『・・・どうして謝るの?』

『・・オレはリンを守れなかった。お前の友を守れなかったんだ』

『・・・カカシ・・・・』

エリがオレの名を紡ぐ。その声が少し震えている。
それでもオレは、エリの顔を見なかった。


『・・・オビトも救えなかった。お前はオビトのことが好きだったのに・・・』

それだけ言い残すと、エリの手を抜け出してその場を後にした。
エリの手の温もりは、何より心地好いものだった。だけどそれを受け入れる資格は、オレには無い。



エリが里から離れ、長期任務ばかり受持つようになったのは、リンの死からそう時間も経っていない頃からだった。
エリ自ら長期任務を希望していたことは知っていた。それでもオレにはどうすることも出来なくて。
いつもこうだ。大切なのだと気付いた時には、もう手の届かない所にいってしまって取り返しがつかない。
傍にいる事が出来ないなら、遠く離れた場所で。たとえ姿が見えなくとも、生きてさえいてくれればと、そう思った。
エリの帰るべき場所であるこの里を守ること。それが、オレがアイツに出来る唯一の事だ。


* * * * *


任務の前に立ち寄った慰霊碑に人の姿はなく、石は風と太陽の光に晒されていた。暫く1人きりだったこの広場に、人の気配があることに気付く。
ゆっくり近付いてくる足音と風に乗って漂う匂いは、紛れもなくエリのもので。


「・・・これから任務?」

慰霊碑に視線を向けたまま問いかける。

「ええ・・・。カカシは?」

「オレもこれから任務がある」

「・・・カカシは任務前にはいつもここに来るの?」

「いつもってわけじゃないけど・・ま、大抵はね」

エリが里に戻ってきてから何度か会話は交わしたが、ここで会うのは初めてだな・・・と、思う。
ここにくればいつだってエリの顔が頭を過るのに、実物が隣にいるのはどうしても慣れない。


「・・・オレはそろそろ行くよ。またナルトとサクラに文句言われるしね」

「・・・・カカシ!」

呼び止められ振り向いた先で、エリが不安げに瞳を揺らしている。その表情を目にした途端、心臓がギュッと縮んだ様な気がした。

「・・・・ごめん・・・なんでもない」

「・・なんか大事な話?」

「・・・・ううん。ホントになんでもないから。・・任務、いってらっしゃい」

そう言ったエリが、僅かに微笑む。
頼りなさげで心細そうな、そんな頬笑み方は、前にも見たことがある。
忍が優先させなければならないのは仲間よりも任務だと、そう思っていた頃。誤った考えを振りかざすオレを前にして、エリはいつもあんな顔で笑っていた。

オレはお前にそんな顔させたいわけじゃないんだよ。お前のことが、何よりも大切だから。そう言葉にしてしまいそうになった時、『何を今更』と、もう一人の自分が何処かで呟いた。


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