「この前の練習試合見に来てたのが例の小澤華梨なのか」

部活の練習を終えた帰り道、越野の開口一番がこの言葉だった。

「なんで判ったの?」

「試合終わった後でお前がデカイ声で呼んでたじゃねーか」

「あぁ、そうだったっけ」

「それに一緒に帰ってただろ」

「よく見てんな。……もしかして越野、お前俺のこと好きなの?」

「…馬鹿じゃねえの」

ちょっとふざけた俺の言葉に心底呆れた顔をしてため息をつく越野。

「あの試合の日、サエコ来てたぜ」

「え、でも体育館にはいなかったろ」

「あぁ。お前が帰ったすぐ後で来てさ」

越野はまた小さくため息を吐いた。

「なんかサエコすげー不機嫌でさ、俺めちゃめちゃ当たられたんだけど」

「はは」

不機嫌なサエコに当たられる越野の姿を想像して、思わず笑い声が漏れた。

「笑い事じゃねぇよ。お前が他の女と帰るの見たの黙ってたんだからな」

睨みながら、越野は言う。

「悪いな」

「そう思うんだったらサエコの機嫌直せよ。じゃなきゃ俺が当たられる」

「わかった。なんとかするよ」

「絶対だからな」

強めの口調でそう言われ、越野と別れた。

機嫌悪いのか・・・。新学期初日、あからさまに俺に対して腹を立てていたサエコを思い出す。あの日以来、サエコから特に電話やメールはなかったし、学校で会っても話し掛けられることも無かった。
ふぅ、と小さく息を吐いて携帯を制服のポケットから取り出した。『サエコ』と、登録されたアドレスで、通話ボタンを押す。呼び出し音が数回鳴ったあとで、サエコの声がした。

『はい』

「あ、俺」

『うん。何、急に』

彼女の声はいつもより低めだった。

「いや、越野から聞いたんだけどさ、練習試合の時来てたんだって?」

『うん』

「ごめんな、先帰って」

『ううん、もういいから』

悪かったなんて思ってないのを知ってか知らずか、それでもサエコの声のトーンはいつも通りに戻っていた。

『用ってそれ?』

「うん」

『ふふっ。わざわざアリガト』

どうやら彼女の機嫌は戻ったらしい。これで越野への八つ当たりもなくなるだろ。

『じゃあ明日学校でね』

「あぁ」

言ってから通話ボタンを押し、携帯を閉じる。電話の方に意識を向けていても、足は家への道のりをちゃんと辿っていて、もうアパートの前だった。
同じ道の向かい側に目をやると、よく知った顔がこちらに向かって歩いてくる。
すぐには中に入らず、彼女がここへ来るまで待っていた。


「「おかえり」」

アパートの前までやってきた華梨と、華梨に向けた俺の声が重なった。

「「ただいま」」

またしても重なった声に、お互いクスリと笑いを漏らした。

「彰も今帰り?」

「うん。華梨も?」

「そ。仕事が片付かなくていつもより遅くなちゃった」

ふぅ、と息を吐き出して肩を竦める彼女に、「お疲れ様」と声を掛けた。

「彰も部活お疲れ。あ、ご飯食べた?」

「いや、まだ」

「お弁当買ってきたんだけど、食べる?」

「食べる食べる」

弁当屋の袋を持った華梨より先にドアへ行き、鍵を開けた。





「じゃあゴール下でボールを3秒持ったままじゃいけないんだ」

夕食後、彼女はビール片手に俺のバスケ講座を受けている。練習試合以来、華梨はバスケに関心を持ったようで、暇さえあれば俺たち陵南バスケ部の過去の試合成績を聞かれたり、時にはバスケのルールを事細かに教えたりした。
俺の話を真剣に聞くその顔は、先生の話に真面目に耳を傾ける子供みたいだ。

「だからバスケの試合ってあんなにスピーディーなんだ」

「そうだね」

「なるほどねー」

手にしていたビールを喉を鳴らしながら飲む華梨

「旨そう」

「ビールが?」

「うん。一口頂戴」

言いながら彼女の持つ缶ビールに手を伸ばす。けれど‘ピシッ’といい音をさせ、華梨は俺の手を叩いて阻んだ。

「未成年にはあげませんから」

華梨ならくれると思ったんだけどな」

そう言うと彼女は大きくため息を吐いた。

「あのね、仮にもわたしはあなたのお母さんからあなたをお預かりしてる身なの」

背筋を伸ばし、いかにも説教だ、という口調で言った。
バスケのルールを解説していたさっきまでとは形勢逆転してしまったらしい。

「大人のわたしがついていながら『息子さんに酒飲ませました』なんて言えないじゃない」

「確かにな」

「でしょ?大人の責任ってヤツよね」

「じゃああれは?最初の決まり」

同じ部屋で生活を始めた最初の日に彼女から持ち出された『お互い干渉せず、気を使わない』というやつ。

「まぁ…ホントのとこ言うと、預かってる責任とかそういう面倒臭いことを逃れるためだったんだけど…」

「やっぱりそうだったんだ」

「でも彰が非行に走りそうなら、流石に話は別でしょう」

「ビール一口で非行?」

「そぉよ。それに楽しみは大人になるまで取っといたほうがいいでしょ?」

ニッコリ微笑む華梨。どうやら俺に勝ち目は無いらしい。
こんな状況になると、彼女から見た俺は子供なんだな、と思う。
どちらかというと彼女は俺のことは放任してるけど、それはある程度信頼されているからだ(面倒臭いってのもあるとは思うけど)。
それでも「大人としての責任」ってものを感じてるってことは、俺が『子供』だからなんだろう。


「どうしたの、ぼーっとして」

ボンヤリしていた俺の顔を覗きこむ華梨

「悩み事?彰はお年頃だもんねー。なんかあったら相談してよね。あんま力にはなれないとは思うけどさ」

からかうような言い方の割には、後半部分は真面目な顔だった。

「そうするよ。ありがと」

もし親に言われたら面倒臭いセリフ。
それでも‘ありがとう’と思えるのは、きっと華梨だからだ。
赤の他人である彼女が、真剣に俺のことを気に掛けてくれてるってのは、そう悪いもんじゃないな。





『相談してよね』。そう言うと彰は「ありがとう」、と言って微笑んだ。
わたしは結構真面目に言ったつもりだったんだけど、彼には伝わったんだか伝わらないんだか、その表情からは読み取れない。
いくら『自分のことは自分で』とは言ったって、本当に困ったことがあったなら助けてあげなきゃいけない。でなきゃわたしを信用して彰を預けた彼の母親に申し訳ないし、なにより彰自身の為に、助けてあげられることがあるなら助けてあげなきゃ。
それこそ本当に‘大人として’。


ピンポーン
部屋の中にチャイムが鳴り響いた。
どうせ新聞の勧誘かなんかでしょ。夕食時に訪ねて来るなんて、正直迷惑だ。

「俺出るよ」

わたしの内心を察したのか、彰が席を立った。わたしって、そんなわかりやすい顔してるのかな。

玄関先で彰がドアを開ける。
チャイムを鳴らした客人の姿は彰の背に隠れていて、わたしからは見えない。

「どちら様?」

「えっと…小澤華梨さんは…?」

聞こえてきたわたしの名前に・・というより、その声に反応して立ち上がった。

「タツヤ?」

わたしの声に彰が振り返り、彰越しに顔を覗かせたのは、やっぱり彼だった。

「おぉ」

わたしの姿を見て微笑んだ彼は、片手をひょいっと挙げてみせた。

「ちょっと・・・どうしたの?突然」

「仕事でこっちに用があってさ。時間出来たからよってみたんだ」

「・・・そ、う」

予想だにしなかった訪問に目をパチクリさせるわたしの顔を見て、タツヤは満足そうに笑った。

「…あ…上がって」

「お邪魔します」

タツヤを室内へ通すため、壁に身を寄せた。
部屋、キレイだよね。この前掃除したばっかだし・・・。
奥へ進むタツヤの背中を見つめながらそう思った時、

「彼氏?」

わたしと同様に、壁に背中を着けた彰が隣でそっと囁く。
タツヤの突然の訪問のおかげで、わたしの脳内では彰の存在が忘れ去られていた。

「・・・うん。あ、そだ、ちゃんと紹介しなきゃね」

さっきまで‘助けてあげなきゃいけない’と思っていた相手の存在を疎かにしてしまう程おめでたい自分の脳みそに嫌気が差す。
さも‘彰のことを思っているのよ’的な台詞を吐いたって、わたしの中では彰の存在なんてそんなものなんだ。


「タツヤ、こちら仙道彰くん」

タツヤは全て知っているのだから、名前以外に伝えることは特にない。

「はじめまして。華梨から聞いてるよ」

「どうも。華梨さんにはお世話になってます」

お互いに、二コリと微笑んで挨拶を交わし、タツヤは「いい部屋だな」と言いながら部屋を見渡し、彰はわたしの顔を見つめている。

「なに?」

「いや、俺用事思い出して」

「え?今から?」

「そう。部活の仲間に返さなきゃいけないモノがあるの忘れてた」

そう言うと彰はリビングに置きっぱなしにしていた鞄を肩に掛け、すれ違い様タツヤにペコリと頭を下げ、わたしには小声で「ごゆっくり」と微笑みながら囁いて部屋を出て行った。
彰の出て行ったドアがバタンと音を立てて閉じてから「気遣ってくれたのかな」と、タツヤが言う。

「・・・どうだろ」

曖昧に答え、タツヤに向かって微笑んだ。

「大きい子だな。びっくりしたよ。高校生には見えないな」

「バスケ部なんだって。それで身長高いんじゃない?」

「へぇ」

タツヤも身長が高いほうではあるけれど、リビングから玄関を覗いた時にはすっぽり隠れてしまってたっけ。

「そんなことより、来るなら前もって連絡くれればよかったのに」

「ゴメンゴメン。神奈川に来ること自体急に決まったからさ」

「そう・・・。あ、座って?ビール飲む?」

「いや、車で来てるから」

「そっか。コーヒーでいい?」

「あぁ。サンキュ」

さっきまで彰が座っていた椅子に腰を下ろしたタツヤと、自分の分のコーヒーを入れ、わたしも腰を下ろす。
テーブルを挟んで向かい合ったわたしとタツヤは、会わない間に起こった些細な出来事やそれぞれの仕事場での様子を話した。

華梨と入れ代わりで入って来た新人がさ、いい子なんだけど、どっか抜けててさ。尻拭いが大変だよ」

「まぁそう言わないで。誰もが一度は新人な訳だし」

「まぁな」

つい一ヶ月くらい前には同じ職場で働いていて、愚痴る内容も二人一緒だったのに、今では全く別物だった。



「俺、そろそろ帰るよ」

腕時計にちらりと目をやり、タツヤが言った。

「もう?」

「あぁ。明日も仕事だしな」

椅子の背もたれに掛けていたジャケットを羽織り、車のキーを手に立ち上がるタツヤ。わたしも一緒に立ち上がり、玄関まで彼を見送る。

「そんな淋しそうな顔するなよ」

玄関で靴を履き終えたタツヤがわたしの顔を見てそう言った。

「今度は時間作ってゆっくり来るからさ」

「うん。待ってる。ありがとうね、今日。来てくれて嬉しかった」

自分でも驚くほど素直で、かわいらしいセリフ。そんなセリフを聞いたタツヤは、微笑むと、そっと触れるだけのキスを寄こして部屋を出た。
一人になった部屋のリビングに戻り、テーブルに置かれたコーヒーカップと、皿を片付ける。皿には冷蔵庫に入っていたものを具材にしたチャーハンが載っていたけれど、タツヤは見事なまでに綺麗にたいらげてくれた。・・・もっとちゃんとしたものを作ってあげればよかったな。
一人暮らしが長いくせして、タツヤはあまり自炊をしない。わたしが東京の同じ職場にいた頃は、仕事終わりに彼の家であれこれ作ってあげていたけれど、離れてしまった今はそうしょっちゅう会えるわけじゃない。
東京と神奈川なんて、遠距離のうちにも入らない。なのになんでこんなに遠く感じるんだろう。
次の休みにはわたしが彼の家に行って、なにかおいしいものを作ってあげよう。洗い終わった皿を乾燥機に入れながら、そう思った。


洗い物を全て片付け、壁掛け時計に視線を走らせると、針が指してしるのは午後11時。タツヤが来たのがかれこれ3時間くらい前だ。
彰はどこに行ったのだろう。
タツヤのいう通り、わたし達に気を使って外に出てくれたんだろうか。でもあの子なら、本当に友達に借りてた物を返しそびれていた、なんてこともありそうな気がする。
どちらにしろ彰にだって明日学校があるんだ。普段から寝坊癖のある子を夜遅くまでふらふらさせておくわけにはいかない。
電話してみようかな。そう思って携帯を取り出そうと鞄の中に手を突っ込んだ。そこでふと気付く。わたし、彰のケータイ番号知らない・・・。
一ヶ月も同じ部屋に住んでるくせに、お互いの携帯番号を知らないなんて。
本当に彰の身になにか起きた時、わたしは一体どうするつもりだったんだろう。いい大人が聞いて厭きれる。

彰への連絡手段は何もない。本当に友達の家だったらいいけれど、もし気を利かせて出てくれたとしたら・・・。
申し訳なさで胸がキュウっと縮まる気がした。
連絡方法も、アテもないくせに、わたしは部屋を出た。

外はとっぷり闇にひたっているこの時間。昼間は暖かい春の空気は、夜になるとすっかりどこかへ行ってしまっていて、少し肌寒い。
わたしが時間を潰すとしたら、とりあえずコンビニ。アテもなく、彰の今の立場を自分に置き換えて行動するしかなくて、近所のコンビニへ向かった。喫茶店なんてもう閉店してる時間だし、近場ならコンビニしかない。
いつも通るコンビニへの道も、街灯にぽつぽつ照らされているだけで、朝夕に見るそれとは違う所のような気がする。
歩いて5分足らずの所にあるコンビニ。中に入って探そうかと思ったけれど、あんなに大きな人間が目立たない訳がない。店の外から店内を覗いてみたけれど、そこに彰の姿はなかった。
やっぱり彰の行動なんて見当もつかない。
大人しく家で待ってようかな・・・。そう思い着た道を引き返そうとした時、

「あれー、おねぇさんひとりー?」

声のした方にちらりと目を向けると、駐車場の端で数人の男達が輪を作って腰を下ろしていた。

「ねね、俺らと一緒にこれから飲み行かない?」

輪の中の一人が声を上げた。彼らの足元には缶ビールが数本置いてある。
男の声を無視して足を進めると、一人が「ちょっとだけいいじゃん」と言いながら、わたしの肩を後ろから掴んだ。

「こんな綺麗なおねえさんが一人きりじゃ勿体無いってー」

わたしの肩を掴んだ男が正面に回り込んでそう言った。男は酔っているのか顔が赤くて、ビール独特の匂いが口から漏れている。
幼さの残る顔立ち。コイツ、どう見ても10代でしょ。

「手、肩から下ろして」

「そしたら一緒に遊んでくれる?」

わたしの睨みなんかこの男には効果がないらしい。両肩をがっちり掴みながらしつこく話し続ける目の前の男に募る苛立ち。
『ふざけんな』と一喝して殴ってやりたい衝動に駆られるけれど、いくら10代といえど女のわたしに力で勝ち目はないし、相手が酔っている分、何をされるかわかったもんじゃない。
それでもわたしのイライラは頂点に達する。
『しつこいんだよ!!』そう叫ぼうとした、その時だった。

「なにしてんの?」

そう言いながらわたしの肩に手を乗せた男の手首を掴み、その手を引き剥がしたのは彰だった。

「彼女になんか用?」

男の手首を掴んだままの彰の声はいつもより低くて、うっすら笑うその顔は、目だけ笑ってなくて、一度も見たことない表情だった。

「んだよ…男連れかよ…」

彰の表情と体格に気圧されたのか、小さく呟いた男は彰の手から自分の腕を引き剥がして仲間の元に戻って行った。


「どうしたの華梨。こんなとこで。彼氏は?」

ちらりと彰の顔を見ると、いつも通りに口を持ち上げて笑っていた。

「・・・帰った」

「もう?泊まってかなかったんだ?」

ふーん、と呟く彰。
あぁもう。なんでそんなに暢気なのよ。
さっきの男によって与えられたストレス、イライラ感が再び舞い戻ってきた。

「帰ろ」

「え、華梨なんか買う物あったんじゃないの?」

コンビニにいるくせに手ぶらなわたしを見て、彰が言う。

「ないわよ、別に」

「…なんか怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあ笑って」

そう言った彰はあたしと目が合うとニッコリ微笑んだ。

「バカじゃないの?わざわざ探しに来て損した」

それだけ言って彰を置いて、家に戻る道に向かう。

「探したって…俺を?」

その長い足で歩いて、すぐに隣に並んだ彰。

「そうよ!行き先言わずにふらっと出てちゃってさ。何考えてるわけ!?」

言ってから、しまった、と思った。苛立ちをどう処理していいかわからずに、思いっきり彰に当たってしまっている。
彰は少し目を見開いてわたしを見ていた。けれどすぐに口の両端を持ち上げて、「心配してくれてたんだ。ごめん」と、言った。
バカはわたしだ。なに彰に当たってるんだ。


「・・・ごめん、彰」

「なにが?」

「当り散らして」

小さな声で言うと、彰はふっ、とため息のような笑いをもらした。

華梨がイラつくなんて珍しいよね。彼氏となんかあった?」

わたしの顔を覗くその表情が、なんだかからかっているみたいに見えたけど、気にしない。

「そういうわけじゃないんだけどね」

「そっか」

ほんとに、なにかあったわけじゃない。
会いたいときに会えないもどかしさを感じて、少なからず苛立っていた時にさっきのやからのせいでイライラが倍増してしまったのだ。

「ねぇ、彰ホントに何処行ってたの?」

コンビニに突然彰が現れたことを思い出し、問いかける。

「んー、ぶらぶらしてた」

「ずっと?」

「うん」

やっぱり気を遣ってくれてたんだ。

「わたしと会わなかったら朝になるまで帰らないつもりだったの?」

「あ、俺そこまで考えてなかった」

いつものマイペースな口調。

華梨が探してくれなかったら野宿だったかもな」

「ふふ。そうかもね」

それから数分間お互い黙って歩いた。
でも、わたしには言わなきゃいけないことがある。


「・・・彰」

「ん?」

「ごめんね」

「・・・?」

「気遣わせて」

「いいよ、別に」

「でも、最初に言い出したのわたしじゃん。『お互い気を遣わないって』」

引越し初日に決めた、わたしと彰のただひとつの決まりごと。自分から持ち出したくせに、わたしが破ってどうするんだ。

「今度からは前もって連絡してもらえるようにするし、なるべくわたしが彼の家に行くようにするから」

「そうなの?そしたら俺家に一人で淋しいじゃん」

そのセリフに思わず笑ってしまった。

「わたしが居ない間に彼女を呼べばいいじゃない」

華梨の代わりにはならないよ」

「・・・・・」

下手したらうっかりときめいてしまいそうな台詞をさらりと言えてしまう彰に、呆れながらも感心してしまう。

「彰、ありがとう」

「嘘じゃないからね」

どうやらさっきの台詞に対する礼だと勘違いしてるらしい。

「そのことじゃなくて」

「え?・・・あぁ、ナンパ男を撃退したこと?」

「違うけど・・・、それもお礼言わなきゃね。ありがとう」

「ナンパも違うの?」

うーん、と唸りながら何に対してのお礼か考える彰。

ねぇ、ほんとはわかってるんでしょう?
気を遣ってくれたことへの『ありがとう』だって。それをわかってないふりするのも彰の気遣いなんだよね、きっと。

わたしより年下のくせに、わたしより大人な彼の前を歩きたくて歩くスピードを速める。
けれど彰は余裕たっぷりな表情で、家に着くまでずっと、わたしの隣を歩いていた。


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