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「もしかして、聞こえてた……?」 ちらり、上目遣いで俺を見た華梨の瞳は、その時すでに真っ赤だった。 「……それにしても恥ずかしすぎるところ聞かれちゃったよね。振られるとこだなんてカッコ悪すぎ」 言って、華梨は笑った。そんな笑い方、無理してるのがみえみえなのに。 今すぐにでも泣きたいくせに、俺の前では絶対に涙を見せない様に努める彼女が、愛しくて、いじらしくて、切なくて、痛かった。 心が傷ついているのは、俺じゃなくて華梨のはずなのに、俺まで心が痛い。 「わたし、とりあえず着替えてくるわ。ご飯、ちょっと遅くなるかも」 俺に背中を向ける彼女の腕を、無意識のうちに掴んでいた。 「……離して」 俺に腕を掴まれ驚いたのか、華梨は一瞬目を見開いたけど、発した声は、少し低めだった。 自分のテリトリーに入れさせようとしない動物の唸り声に、似ていたかもしれない。 「離さないよ」 俺の声も、普段耳にしてる自分の声とは別人の様に違って聞こえた。 「ふざけないでよ!」 華梨は俺を睨んでそう言った。だけど、その体は、涙が出てくるのを必死で堪えるように、小刻みに震えている。 「離さないよ、俺」 俺は華梨の、震える細い体を抱き締めた。 一人で泣かせたりなんか、出来ない。一番近くにいるのに何も出来ないなんて、そんなの、心の痛みに耐えられそうにないんだよ、俺。 *** どちらからともなく重なった唇に、背中にある彰の腕の暖かさに、わたしはクラクラと眩暈がした。 触れるだけだったキスが、深いものになり、口内を蠢く彰の舌先から逃れても逃げ場はなくて、結局絡めとられて。 心は傷ついて、この上なく冷たいはずなのに、身体だけは熱を帯びていく。隙間から熱くなった息が漏れ、わたしは膝が抜けてしまいそうだった。 だらしない身体と心に、自分自身で嫌気がさす。失恋したばかりだというのに、別の誰かを受け入れることが出来るなんて。 そう思いながらも絡まった舌先を解くことが出来なくて、そのままベッドに雪崩込んだ。 繋がっていた唇が離れ、銀色の糸が後を引き、プツリと切れる。 ベッドに仰向けになると見えるのはいつだって天井だけだったのに、今はすぐそこに彰の顔がある。月明かりだけが頼りの暗い部屋で浮かび上がる彰の顔は、真っ直ぐで、優しい。 至近距離で見つめ合うと、わたしの心臓は、ズキリと傷んだ。 「……彰――」 止めよう。今ならまだ間に合うから。わたし、彰とこんな風になりたかった訳じゃないの。男に振られて、慰めてもらう役を、彰にさせたい訳じゃない。 そう伝えようとした唇に、彰のそれが軽く触れる。 「……俺、止められそうにないよ」 そう言った彼の顔は、優しく微笑んでいた。 わたしが何を言おうとしていたか、全てを見透かしていた様なその台詞に、涙が頬を伝う。 彰は、まるで涙を掬おうとするかのように、目尻に唇を寄せた。 タツヤに『いらない』と捨てられ、彰から求められる。 それが、こんなにも拒めないなんて。 それが、こんなにも心地良いなんて。 わたし、なんて馬鹿な女なの。 ねぇ、彰、呆れてくれていいんだよ? わたしはまっすぐ彰を見つめる。だけど彰は、やっぱり優しく微笑んでいた。 どうしてそんな目でわたしを見るのよ。 優しくされればされるほど、わたしの後ろめたさは膨れ上がるのに。 『よろしくね』 そう言って握手を交わしたのは、彰と同じ部屋に住む様になった、最初の日。 あの日のわたしは、彰とこんな風になる日がやってくるなんて、微塵も思っていなかった。 「あっ……」 露になったわたしの肌。首筋に彰の唇を寄せられ、強く吸われれば、甘い声が漏れる。 わたしは彼と初めて会った日のことを、ぼんやりと思い出していた。 こんな風に肌をさらけ出して身体を重ねて。こんな声を彰に聞かせる日がくるなんて、夢にも思っていなかった。 「……へん……なの」 「え?」 漏れる熱い息の合間に、ひっそりと言葉を載せる。それを耳にした彰は、上目遣いでわたしを見つめた。 いつもなら見上げることしかない彰の目が、わたしの目より下にある。 「なに?」 「……ううん、なんでもない」 少しだけ不安そうにわたしを覗き見る彰がなんだか可愛くて、クスリと笑いを漏らし、彰の頭を抱えた。 タツヤに捨てられ、寂しくて、悲しくて。 彰と体を重ねることで、心の痛みから目を逸らそうとするわたし。 滑稽すぎて自分でも呆れてしまうのに、今は、今だけは、全てを忘れさせてほしい。 胸の先を口に含まれ、優しく愛撫されれば、身体がゾクゾクする。 彰の大きな手が、わたしの太ももの内側をゆっくりとなぞり、下着を下ろすと、敏感な突起に触れる。 「あっ……あぁ……」 彰の指先から与えられる刺激に、思わず体が弓なりにしなる。 もう充分過ぎるほど潤っているその場所は、外の空気と触れると、ひんやりと冷たい。だけど、熱を帯びた体はますます熱くなるばかりだ。 「ふっ……あぁっ……あ……」 「……華梨、可愛い」 耳元で熱い吐息混じりに低い声で囁かれ、ズキリと疼くそこは、もっと強い快感を欲しがっている。 「んっ……あきら……」 ちょうだい。あなた自身をわたしにちょうだい。そう訴えるわたしの声は甘ったるく、彰を見つめるその眼はきっと、媚びるような、ものほしそうな視線だろう。 今欲しいのはあたなだけなの。 タツヤじゃない。 彰が、欲しい。 彰は応えるように、身につけていた下着をどこかに放り、わたしの中にゆっくりと彼自身を沈めた。それまでとは違う快感に、自分がどこかへ行ってしまいそうで、彰にしがみつくように彼の背中に腕を回す。 彰の動きに合わせて、自分の腰も動いてしまう。羞恥だなんて、わたしの脳にはこれっぽっちも無くなってしまった。 次第に激しくなる動き。 肌と肌がぶつかり合う音。 昂ぶるばかりの快感に、わたしは何度も彰の名を呼んだ。 いつもツンツン逆立てた髪は乱れ、額にはうっすら汗を滲ませる彰。 動きが段々早くなり、わたしは快楽の波に飲み込まれる。 「あ……あぁっ……あぁぁ……」 達してしまったわたしの身体は、その中心から足の先まで甘く痺れる。一息遅れで、彰が達したのを自分の中で感じた。 固く眼を閉じていた彰の瞳が開き、わたしと目が合う。 お互い乱れた息を整えられず、口からは熱っぽい息が漏れ続けていた。 「……華梨……」 気だるい体をわたしの上に預け、彰がそっと囁いた。 「……すき」 そう言って、彰はわたしを抱きしめた。わたしも、彰を強く抱きしめ返す。 まるで、小さい子供が言うような、『すき』だった。行為のあとの甘ったるい空気が、そう感じさせるんだろうか。 思わず、『わたしも』、と、そう言ってしまいそうになったのも、きっとこの甘い空気のせいなんだ。 わたしは「うん」と、そう返した。 この甘い空気は、そう長くは続かないと、知っていたから。 目を覚ますと、すぐそこには彰の顔があった。わたしの隣で、その眼を閉じ、規則正しい寝息を漏らす彰。 わたしは彰の腕を枕に、いつの間にか眠ってしまっていた。 窓の外から漏れるのは、日が昇りだした頃の薄明かり。 目を覚ます様子のない彰を起こしてしまわないようにそっとベッドから抜け出して、昨夜の残骸のように散らばった服をかき集めた。 ピリピリするような冬の朝の空気。わたしが抜け出たせいで少しめくれてしまった布団を、そっと彰に掛け直しす。 彰の寝顔は、少し大人っぽい顔つきからは想像できないくらい、子供だった。 どんなに身長が高くても、どんなに優しくても、彼は、まだ子供なんだ。 わたしは、そんな彰に慰め役をさせてしまった。 わたしは、彰を都合良く利用したんだ。 どっと押し寄せる後悔。 彰の顔をそれ以上見ているのが辛くなり、わたしはそっと部屋を出た。 |