里へ戻れば次の長期任務へ従事する。わたしにとって当たり前のことだった。
けれど今回綱手様から言い渡された命令は、任務でなく休暇。つまり、暫く里に滞在しなければならないということ。
この十数年間、里に滞在することを懸命に避けてきたのに、こうもあっさりと拒まれてしまえば、なんだか虚しくなってしまう。

長期任務への命令が下されるのを不承不承諦め、わたしは火影邸を出たその足である場所へ向かった。
やって来たのは慰霊碑のある広場。
その風景も吹く風も、数年前と変わらぬ事に安堵する。
十数年の時が流れた今、カカシもこの場所を訪れたりするのだろうか。慰霊碑に刻まれた名前を見ながら、そんなことを思った。

わたしが里から逃げ出したのは、カカシと顔を合わせる事が怖かったから。どんな表情で、どんな言葉を交わせばいいのか、その答を見付けられずにいたからだ。
だけど、十数年ぶりにカカシと行動を共にした任務の帰り道、交わした言葉は事務的なものを極僅か。里に到着してからも、目を合わす事さえ一度もなかった。
今まで必死に長期任務ばかりを受けてきたことが滑稽にすら感じる程そつがないカカシの態度に、わたしは戸惑うばかりで。
物心つく前から一緒に過ごしてきた相手にとるようなものと思えぬその態度は、縮める事が出来なかったふたりの距離そのものだと思った。



我が家で一晩明かす。そんな当たり前の事が久しぶりで、一番落ち着く場所であるべきなのに、わたしは深い眠りに付くことが出来なかった。
一晩中意識を残したまま過ごし、気付けば太陽が昇りはじめていたのだ。

望まなかったとは言え、せっかく貰った休暇だ。もう少しベッドの中で粘って、深い眠りについてみよう。そう思い、辺りが明るくなってからもベッドの中に籠ってみたけれど、結局わたしの脳は睡眠を必要とせず、太陽光の射し込む部屋で起床した。
太陽の光を受けて、宙を舞う埃がキラキラ光っている。


* * * * *


慰霊碑に刻まれた名を見つめながら、昨日の出来事を甦らせる。


緊急召集を受けたオレたちカカシ第7班。綱手様から言い渡されたのは、敵の追撃を受けた長期任務遂行部隊の救援だった。

長期任務部隊の帰還ルートを遡り、里から少し駆けた所で、敵の忍に囲まれた木ノ葉の忍たちの姿を見付ける。
それぞれが敵の忍と格闘するなかで、仲間を助けようと駆け出すエリの姿。
そんなエリの背後に敵が迫っているのを確認したオレは、迷いなくその背に迫る。
敵の背後を雷切で突く。
敵が倒れ、エリがオレを見ていた。オレの顔を見詰めるエリに、驚きの表情が浮かんでいる。

救援任務を終え、綱手様への報告を済ませたオレは、その足で慰霊碑へと向かった。
流れる空気の中に僅かではあるがエリの匂いが混じっていた。
辺りに視線を走らせてみても人影は一切無い。漂ってきた僅かな匂いは、エリが慰霊碑を訪れていた印。

エリが親友の名を刻まれた慰霊碑を訪れたという事実が、十数年経った今でも何も忘れてはいない証拠だろうと、そう思った。


風が吹いて、木の葉が音を起てて揺れた。
上空には鳥の姿がある。


* * * * *


数年間に渡る主の不在ですっかり埃っぽくなってしまった自分の部屋。今までは任務の合間に休暇をもらうこともなく過ごしてきたから、仮住まいのようになった自分の部屋へは特に関心もなくて、掃除だってろくすっぽしていない。
わたしは埃っぽい部屋を脱け出して、里の大通りへと向かった。
任務命令があるのではと、時折空を見上げたけれど、報せを運ぶ鳥たちはわたしを通り越して何処かへ飛んでいく。
過ぎ去っていく鳥たちを見送るのに飽きてきた頃には、綱手様からの休暇命令は頑として変わらないことを悟っていた。

昼前の木ノ葉の大通りは賑やかだ。店からは活気溢れる声が聞こえてくるし、道行く人々の話し声も明るい。
こんな日常的な風景でさえ、ひどく懐かしく感じる。長期任務はいつも殺伐としていて、暖かい風景を目にする機会も稀少だから。

ふと、通りの向かい側から歩いてくる少年と目があった。少年は少年で、わたしの顔をじっと見つながら何やら思案げに眉を寄せ、やがて「あぁ!」と、声をあげた。わたしの顔を見るのが二度目であることを思い出したらしい。
その隣を歩いていた少女も少年の声につられて、視線をわたしの方へと向けた。

「サクラちゃん!ほら、あれ、昨日のねーちゃん!」

「ちょ・・・失礼でしょ!挨拶もなしに!・・・エリさん、でしたよね・・・こんにちは」

向かい側から歩いてきた二人。わたしとの距離が縮まって、桃色の髪の少女は軽く頭を下げた。

「ええ。ろくに挨拶もできてなかったものね。・・昨日はありがとう。あなたたちが救援に来てくれて助かったわ」

少年少女に視線を向けてそう述べると、少年の方は得意そうに笑った。昨日彼が見せた明るい笑顔を思い出す。
この二人は、昨日わたしたちの隊の救援に、カカシと共に現れた子たちだ。


「あ、わたし、春野サクラです」

「オレ、うずまきナルト!」

快活に笑いながら名乗る少年。その名を聞いて、わたしは思わず声をあげそうになってしまった。
わたしの動揺が漏れたのか、二人は訝しい顔をする。

「どうかしたのか?ねーちゃん」

「ううん、なんでもないのよ」

そう言って微笑を浮かべると、二人の表情は元に戻った。


数年前のことになる。あれはわたしが任務と任務の合間に里に戻っていた時、人伝に聞いた話だった。
『カカシが、九尾の人柱力であるうずまきナルトの担当上忍になった』、と。
人柱力という、ある種特別な忍を育てることをカカシに任されたことに対して、驚きは無かった。わたしはただ、カカシの師であるミナト先生の遺児を、カカシが師として育むというそのことに、感慨深くならざらるをえなかったのだ。
だからこうして実際に成長したうずまきナルトと顔を合わせていると、様々な思いが駆け巡る。
特徴的な髪の色も、明るい笑顔も、彼の両親から引き継いだものだと思えば、親近感も増す。ナルトは、両親によく似ている。
とはいえナルトの出生に関する全ての出来事は里中の極秘事項になっていたから、わたしは素知らぬ顔で会話を続けた。


「二人はこれから任務?」

「いえ、わたしはちょっと資料を取りに」

「だからー、その後でオレとデートしようってばよ、サクラちゃん!」

「しつこいわね、わたしはその後も色々用事があるのよ!」

ぎゃあぎゃあと言葉を交わす二人のやり取りに、思わず笑いが漏れる。
「仲が良いのね」とわたしが言うと、ナルトは嬉しそうな、サクラは嫌そうな顔をするから、益々可笑しい。


「じゃあオレってば、カカシ先生に修行でもしてもらおっかなー」

「そうしなさいよ。・・でもナルト、カカシ先生のことだからきっとつかまらないわよ。任務に出てるかもしれないし」

「あ、そっか。何処にいんだろうなー、カカシ先生」

二人から不意に発せられたカカシの名前に、心臓が大きく跳び跳ねる。

「・・・二人にとって、カカシ先生って、どんな先生?」

心臓の鼓動を二人に悟られない様に意識しながら問い掛ける。こんな事聞いたってわたしとカカシの距離に変化を起こすわけでもなんでもないのに。
それでも、わたしの知らないカカシを知りたいと、そう思うのはなんて滑稽なんだろう。
質問を投げ掛けられた当の二人だって、『どうしてそんなこと聞くんだろう』と、そんな顔をしている。だけど、それは僅かな一瞬で、二人は少し思案して、やがて口を開いた。

「いっつもつまんねぇ本読んでて、遅刻が多い先生だってばよ」

「そうなのよねー。わたしもあんな本白昼堂々読むのはどうかと思うわよ。それに遅刻!ホント迷惑なんだから!」

「カカシ先生ってばホント気合いが入ってねぇよな!」

「だからそれは諦めなさいって。カカシ先生が気合い入ってないのは昔からなんだから」

二人の口から語られるカカシは、わたしが知っている彼とはだいぶかけ離れているようだ。
少し戸惑いを覚えたけれど、それくらいの感情を隠すことは容易い。

ふと、ナルトが何処か遠くに視線を向けたかと思うと、笑った。


「噂をすればってやつだってばよ!おーい!カカシ先生ー!!」

ナルトが、大きく手を振る。
ナルトの視線の先、通りの向こうに見える銀色の髪を見付けて、わたしはこの場から逃げ出してしまいたくなった。

ナルトの声に気付いたカカシは、その足をこちらに向けて近付いてくる。
カカシの目はわたしの姿も捕らえているだろう。その表情に変化はない。
わたしも動揺を表に出さないようにしなければと思う。けれどカカシが一歩一歩近付いてくる度に、心臓の鼓動は早くなっていく。
心臓の音が、煩いくらいに耳障りだ。


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