「珍しい組合わせだな」

カカシはそう言って、わたしたち三人の顔を見回した。僅かな一瞬だったけれど、視線がぶつかったのは気のせいじゃない。

望まぬ休暇を与えられたわたしは、目的もなく里の中を歩いていた。
途中で出会ったのは、昨日カカシと共に救援に来てくれたナルトとサクラで。
ふたりから紡がれるカカシの名前にさえ落ち着かない気分になるのに、本人を前にして、わたしは平静を保てるだろうか。


「これからサクラちゃんとデートなんだけど、その途中でねーちゃんと会ったんだってばよ」

「だから、デートじゃないって言ってるじゃない!カカシ先生は任務?」

「ああ」

「そう・・・って、いけない!わたしもう行かなきゃ!資料室閉まっちゃう時間だわ」

サクラはわたしとカカシに別れの挨拶を告げ、勢いよく駆け出した。ナルトは「先生が任務なら一人で修行すっかな」と言葉を残し、サクラの背を追って去っていく。
残されたのは、わたしとカカシの二人だけ。

どうしよう。
すぐ側にいるカカシと言葉を交わすことも、視線を合わせることも出来なくて、わたしは黙って自分の足を見下ろしていた。
僅かな一瞬が永遠にも感じられる瞬間。気まずい沈黙。それを打破する手立てが見付からない。


エリ

沈黙の中、不意に呼ばれて顔を上げれば、わたしを見詰めるカカシがいた。

「お前は?」

「・・・・え・・」

「どうするの、これから。今日は休暇でしょ?」

カカシの目が、真っ直ぐわたしを捕らえている。たったそれだけのことに、地に足が着いていないような、不安定な感覚になってしまう。

「・・・あぁ、えっと・・取り合えず、忍具とか、新しいの揃えておこうかなと思って・・・」

「そうか。なら途中まで一緒だな」

カカシの言った言葉を理解するのに、だいぶ時間が掛かってしまった。
忍具を取り扱っている店は、里の大門へ向かう道の途中にある。つまり、これから任務へ向かうカカシと、同じ方向で。

戸惑ってしまう。わたしともう少し長く一緒にいるはめになることを気にも留めず、そんな台詞を吐き出すから。


「どうした?」

先に歩き出していたカカシが、その場から動けずにいるわたしを振り返る。遠い昔の彼に出会ったような気がして、胸が詰まってしまいそうだ。

「・・・なんでもない」

そう口にして、数歩先にいるカカシと並んだ。

カカシと肩を並べて歩く。二人の間に会話があるわけでもなく、二人揃って黙ったまま。
何か言葉を紡ごうと思うのだけれど、何を今更、と、もう一人のわたしが言う。
十数年間、こうしてカカシと顔を合わせることが怖くて逃げ続けてきた。そんなわたしが、幼い頃と同じようにカカシと言葉を交わすなんて、できるはずがないのに。


「・・そういえば」

不意に沈黙を破るカカシの声に、思わず体が堅くなってしまう。

「お前に会うのもずいぶん久しぶりだねぇ」

そう言ったカカシの目が細められる。
カカシにとっては些細なことであろうその仕草が、わたしの胸をどれだけ締め付けるかなんて、彼は知らない。

「綱手様に休暇は要らないって喰って掛かったって?」

「・・・・『喰って掛かった』って・・・わたしは獣じゃないんだけど・・・」

「ハハ・・・ま、せっかくの休暇なんだからゆっくり休んだらいいんじゃない」

「・・・・うん」

そこでつと会話は途切れる。わたしは隣を歩くカカシをちらと見上げた。

今この瞬間も、わたしの内臓はきゅっと締め付けられているような気がする。顔も体も強張っているのがわかる。声も何処か不自然な気がしてならない。
緊張がカカシに伝わらないように、いつも通りでいようと平静を装ってはいるけれど、いつもの自分がどんな風に歩いて、どんな声で話していたのかうまく思い出せない。
カカシはあらゆる面で鋭いから、わたしが彼と一緒にいるこの時を、気まずいと思っていることに、気付いているかもしれない。
カカシがどう思っているのか。わたしにはその横顔から読み取ることは出来ないけれど。


「休暇が終わったらまた長期任務に出るつもり?」

「・・・・そうね。そうするのが良いと思ってる」

カカシと顔を合わせれば、どんな態度をとっていいのかわからなくなるから。
カカシと向かい合うことが、怖い。

オビトを喪ったカカシに、更なる責めを加えたのはわたしだった。その事実に気付いた時、わたしはカカシに対して罪悪感を抱き、逃げ出した。
そんなわたしを、カカシはどう思っているだろう。それを知るのが、怖い。
結局わたしは、自分が傷付くのを怖れているだけだ。どれだけの時間が流れていても、わたしの時間は数十年前で止まったまま動かない。


「長く里を離れる任務ってのも、避けられないものだからな」

「・・・ええ・・わたしも忍だから」

わたしが自ら望んで長期任務に出ていることは、三代目か綱手様が、彼に話している筈で。
本当は、わたしが進んで長期任務に出ていることを知っているくせに。まるで、全て里からの命令だと思っているかのような彼の口振りに、ますますカカシの心内がわからなくて、小さく混乱してしまう。

「下忍担当になるつもりはないの?」

「・・・・なるつもりがないって言うより、なるにはまだ早い・・っていう感じかな」

「・・・そうか・・・」

途切れ途切れになる会話と、その間に訪れる沈黙。この短い時間で、何度も繰り返した。

こうして並んで歩いていても、わたしとカカシの間には、もうひとりふたり入れるくらいの空間が保たれている。わたしはその空間に、カカシと自分を隔てる何かが在るような気がしてならない。
それこそが、今のわたしとカカシの距離で、この障害物があるかぎり永遠に近付くことは出来ないと思った。
だけど、この障害物を作り出したのは、わたし自身なのだ。


エリはあっちの道でしょ?」

別れ道に差し掛かった所で立ち止まり、カカシは一方の方向を指しながら言う。
カカシが指し示した方の道の先に、わたしの目指す店があって、もう一方は木ノ葉の大門へと続いている。
カカシと並んで歩いたのはほんの僅かな時間だったはずなのに、途方もなく長い距離を歩いたような感覚になる。それもここで終わりだと思った瞬間、手の平が汗で湿っていることに気付いた。

ふたりの間で交わされた会話が、うわべだけの、何の核心にも触れない会話だったような気がしたのも、この時だった。
わたしとカカシは、あれだけ激しい時代を共に過ごしていたにも関わらず、過去の話題には一切触れなかった。
普通の幼馴染みがこんな状況でどんな会話をするのか、わたしは知らない。けれどわたしたちのそれは、十数年ぶりに言葉を交わす幼馴染みの会話というものから、幾分ズレたものだっただろう。


「・・・任務、頑張ってね」

「あぁ」

本当に短い会話を交わして、カカシはわたしに背中を向けた。両手をポケットに突っ込んで少し丸くなった背中は、十数年前と比べると違和感がある。
次にこうしてカカシと言葉を交わすのも、背中を見るのも、また何年も先か、もしくはもう二度とないかもしれないと、そんなことを考えた。

その背中が見えなくなるまで見送ろうと、その場に佇んでいたわたしを、カカシは数歩足を進めた所で振り返った。
カカシが振り向くだなんて思っていなかったわたしの体は、再び硬くなる。


エリ

「・・・・なに・・・?」

「・・・いや・・オレはお前が無事里に戻ってきて安心したよ」

「・・・・・なんで・・・・?」

「なんでって・・・同じ里の仲間だからに決まってるでしょーよ」

カカシは呆れたような表情をしたけれど、その目が優しいことに気付かずにはいられなかった。
戸惑うわたしをよそに、カカシは背中を見せ、再び大門に向かって歩き始めた。
今度は振り向くことはなく、小さくなっていくカカシの背中は、やがて視界に映らなくなる。

わたしは胸がいっぱいで、その場にしゃがみこんでしまいたくなった。
さすがに人の多い大通りでそんなことは出来なくて、代わりに空を見上げて大きく息を吐き出した。

空に、鳥が飛んでいるのが見えた。空を飛ぶ素晴らしさを満喫するが如く楽しそうに羽ばたいている。そんな風に見えたのは、わたしの気のせいだったのだろうか。


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