『相変わらず目つき悪い』

『墓参りに手ぶらって、どういうつもりよ』

『まだ何にでもマヨネーズかけて食べてるの?』

ミツバの墓の前で久し振りに再会した男の後ろを歩きながら、わたしはその背中をただ見つめていた。
なにか話しかけよう。そう思いながら頭の中に浮かんでくる言葉は、実にくだらないことばかりだった。

ねぇ、ミツバが死んでしまったよ。
大事なミツバは、もういなくなってしまったよ。
今、どんな風に悲しんでいるの?

思い浮かぶ言葉の全てが、虚しく空気に溶けていく。


変わらずにあるもの


「なんだ、ミツバは来てないの?」

初めて彼女と会った日から、総悟の練習風景を見にやってきていたミツバと頻繁に顔を合わせるようになっていた。
男ばかりに囲まれて育ったせいで年の近い女の子に慣れていないわたしは、ミツバに会うたびにどこかしらギクシャクしていたけれど、彼女はそんなわたしをただ優しい微笑みで見つめていて。そんなミツバに会うことが楽しみだと、そう思う様になるまでに時間は掛からなかった。


「おねーちゃんが来てなくて寂しーだろ、総悟」

稽古で汗を流した後、わたしが持ってきた差し入れのおにぎりを頬張っていた総悟に、意地悪な笑みを向けた。


「・・・姉上は・・・今日体の具合が良くないって・・・」

いつもならからかいの言葉に勢いよく反応する総悟が、弱々しくそう答えた。
ミツバは、身体が弱い。それを知ったのは、この姉弟と知り合って間もない頃だった。
総悟の練習の後必ず迎えにやってくるミツバが、現れない日。そんな日の総悟は、決まって元気がなく、いつもの生意気な口も利かない。
親代わりであるミツバのことが気掛かりでしかたないんだろう。わたしとそう変わらない歳で親代わりとなったミツバも大変だろうけど、総悟は総悟で、たったひとりの肉親を思って小さな胸を痛めている。


「・・・ミツバなら、きっとすぐに良くなるよ」

わたしはそう言って、総悟の頭を撫でてやる。
少し照れた様に俯いた総悟だったけれど、それはほんの一瞬で、次の瞬間には「触るな」などと言いながら、わたしの手を思いっきり叩いた。

「照れ隠ししちゃってー。わたしのこともお姉ちゃんだと思ってくれて構わないのよー?そーちゃん」

「そーちゃんて呼ぶな、馬鹿」

「誰が馬鹿よ、誰が」

いつものようにくだらない争いを始めたわたしと総悟を、勲ちゃんが必死で宥めていた。





「いやぁ、久し振りじゃねぇか、なまえちゃん」

「ホントに久しぶり。勲ちゃんが相変わらずで安心したよ、わたし」

「なぁに、俺はどこに行っても変わらんよ」

わはははは、と盛大に笑う男の声が、客間に響く。
テーブルひとつ挟んで向かいに座るこの男は、昔と変わらず朗らかで、大らかで、心底わたしを安心させた。

「真選組の局長だなんて大出世じゃない?天狗にでもなってたらどうしようかと思ってた」

「俺は局長なんてガラじゃねぇからな。天狗になんてなりたくてもなれねぇよ」

にかっと、勲ちゃんは笑う。

「でも、ホント凄いよね、みんな。真選組の活躍ぶりは武州にいても聞こえてたもの」

「なーに」

「ふふ、わたしも勲ちゃんだなんて呼んでちゃだめだよね。『近藤さん』って呼ばなくちゃ」

「俺となまえちゃんの仲じゃねぇか。昔のままでいいんだよ」

勲ちゃんは、本当に昔と変わらないな、と思う。いつもそうやって、大きく笑い、周りにいる人を安心させる。こういうのを、人徳っていうんだろうか。


「しっかしトシも総悟も何処行っちゃったんだろうなー。せっかくなまえちゃんが来てるってのに」

勲ちゃんは眉間に皺を寄せ、辺りを見渡しながらそう言った。

「いいのいいの、別に」

「よくないだろう、せっかく武州から出てきたんだ。トシはさっきなまえちゃん連れて戻ってきたと思ったらどっか行っちゃうし、総悟のヤツは呼んでも来ないし・・・」

「みんなわたしには会いたくないんじゃない?」

わたしがそう言うと、「そんなことあるわけないじゃん」と、全力で否定してくれた勲ちゃん。
冗談めかして笑顔で言った台詞だったけれど、わたしは、半分本気だった。
総悟がどう思ってるかはわからないけれど、彼は、わたしと会うことを嫌がっているかもしれない。


「しかしなまえちゃん、どうして江戸に?」

気まずい沈黙を打ち破るように、勲ちゃんが切り出す。

「・・・ミツバの、お墓参りに、ね」

わたしが言うと、勲ちゃんは「あぁ」とだけ返した。
きっと、まだこの人も悲しんでいるんだ。

「総悟がね、手紙くれたの。ミツバの事も、江戸にお墓をつくるって事も知らせてくれて。・・・あ、ミツバのお墓に花を持ってったの、真選組のみんなでしょ?」

「ん、あぁ」

「やっぱり。すぐわかったのよ、わたし。この花はみんなが供えた花だって」

「いやー、ミツバ殿には菊よりも似合う花があると思ってな」

「・・うん、わたしもそう思う」

2人の間にしんみりした空気が流れた時、中庭に面する障子が勢いよく開く。
そこに立っていたのは、わたしが知っている時よりも幾分か大人っぽくなった総悟だった。

「あっ!総悟!お前今まで何処行ってたんだ?せっかくなまえちゃんが来てるってのによ」

「すいやせん近藤さん。ちょいと土方の野郎を暗殺しに行ってやした」

とんでもない事を無表情でさらりと言ってのけた総悟は、視線をわたしに移した。

「久しぶり、そーちゃん」

「そーちゃんて呼ぶな、馬鹿」

「・・・相変わらずねぇ、あんたも」

昔となにひとつ変わらないやり取りに嫌味ったらしい台詞で返してはみたものの、懐かしさが込み上げてくる。

「総悟、手紙ありがとうね」

「別にあんたの為に送ったわけじゃありやせん」

そう言って、総悟はわたしから視線を外した。
わかってる。あんたが想うのは、永遠の眠りについてしまったミツバのことだってことくらい。
わたしに手紙をくれたのは、ひとり眠るミツバが寂しくないように、昔馴染みに会わせたかったんでしょう?


「総悟、お前トシがどこにいるか知らねぇか?ちっとも顔をみせなんだ」

「土方さんならあそこでさァ」

総悟は親指で背後を指す。そこは中庭の奥、真選組屯所の門だった。


「あっ!トシ!」

ちょうど門から外へ出ていこうとする男の姿を確認すると、勲ちゃんは立ち上がり、大きな声で彼を呼んだ。

「おーい!トシ!トシってば!」

「・・・いいよ、勲ちゃん。今日は帰るよ、わたし」

名を呼ばれても振り返らず歩いていく彼の背中を見つめながら、わたしは言った。

「いや、しかし・・・」

「ホントいいのよ。みんなの顔を見にきただけだし。わたし暫くこっちにいる親戚の家でお世話になるつもりだから、また来れるし」

「でもよぉ・・・。・・・まったく、トシのヤツなに恥ずかしがってるんだろうなぁ」

勲ちゃんはそう言ってから、部屋を出て行った。
残されたわたしは、彼が出ていった門を見つめたままでいた。



「よく言うもんだ」

総悟の声で、ふと我に返る。

「・・・なにが?」

「『みんなの顔見に来ただけ』?本当は野郎の顔見に来たんだろィ」

総悟は、口端を少しだけ持ち上げて、わたしを見下ろす。


「・・・あんた、ホント相変わらず意地悪ね」

「相変わらずなのはお互い様でさァ」

そう言い残し、わたしに背を向けて歩きだした総悟は、背中越しにヒラヒラと手を振ってみせる。

・・・・お互い様、か・・・。
ひとりきりになった部屋に、暖かな日の光が差し込んでいた。


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